真空パックに「包まれたカップル」。安全なセックスを啓蒙するショート・ドキュメンタリー 撮影の舞台裏

Case: コンドマニア(シィーロード・インターナショナル)「包まれたカップル」

話題になった(=「バズった」)日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、シィーロード・インターナショナル株式会社「コンドマニア」がローンチした「包まれたカップル」キャンペーンを取り上げます。「愛を永遠に保存するため」用意されたふとん用圧縮袋(真空パック)にカップルが包まれるという印象的なビジュアルのポスター、そしてポスター撮影の模様を収めたショート・ドキュメンタリー。これらは国内外で話題となり、ドキュメンタリーのYouTube再生回数は50万回を超えています。

このポスターやドキュメンタリー映像を手がけたOgilvy & Mather (Japan) GK チーフ クリエイティブ オフィサー アジャブ サムライさんにお話を伺いました。

Interview & Text : 市來 孝人
ポスター撮影のプロセスを、30~40ほどのアングルから「真のドキュメンタリー」として記録

—「包まれたカップル」キャンペーン実施にあたっての背景を教えて下さい。

私はクリエイティブが核となる組織への再強化を行っており、このキャンペーンは偉大なビジネス・パートナー、そして、より優れたクリエイティブ・パートナーを追い求めるという弊社のビジネス戦略の成果です。

これまでも、社会問題に取り組むイギリスを拠点とする団体ADOTやインドを拠点とするIDUなどクリエイティブを重視しているクライアントと取り組んでおり、今回の「コンドマニア」も、そのビジネス戦略に沿って取り組んでいるプロジェクトの一つです。

キャンペーンについて時間をかけて話し合っていく中で、ソーシャルバリュー、つまり社会的価値を訴えていくべきだという考えに至りました。我々広告マン・広告ウーマンは「メッセージを掲げる」パワーを持っていますが、そのパワーやスキルは商品を「売る」ということに加えて、社会に向けてのメッセージを見出し、発することにも使うべきだと思っています。

今回もコンドマニアが提唱する「安全なセックス」というメッセージを届けるだけではなく、ひとりでも多く望まない妊娠をなくしたり、ひとりでも多くの人に安全なセックスをしてほしいという社会的な課題に対して貢献したいという想いがありました。

—ムービーを制作することとなった経緯を教えて下さい。

今日ブランドは多種多様な方法でコミュニケーションすることが求められており、特に若い世代は目が肥えていますから、それは益々顕著です。何か今までと違うことをしなければと考えていました。コンドームというカテゴリーは世界中で偉大なクリエイティブが生み出されており、おそらく、真のオリジナル性をもたせるのが最も難しいビジネス・カテゴリーのひとつだと思います。

このプロジェクトに着手したときから、トラディショナルなメッセージを極めて新しい方法で伝達することが重要であると考えていました。さらにコンドマニアの若々しいスピリット、真の意味で日本的な精神を表現したいと考えました。

フォトグラファーのハルさんによるポスター撮影ということから、更にプロジェクトのアイディアが広がっていきました。撮影を担当したハルさんは、高いレベルで作品を生み出す写真家です。彼の作品は純粋にエモーショナルな方法で人の心に訴えてきます。ビジュアルも、これほど突出してインパクトがあるものは稀でしょう。

ハルさんからクリエイティブに対する考え方を聞き、撮影について打ち合わせをしている中で、その撮影プロセスを目の当たりにするのは非常に興味深い経験になるだろうと直感しました。あまりにも独特なプロセスで「これはすごい!」と思ったので、クライアントに承認されてすぐに、ハルさんが撮影する模様も記録に収めて「ショート・ドキュメンタリーも作ろう」ということになりました。

ハルさんの何が独創的なのかといえば、その撮影方法自体が最終的な作品の仕上がりと同様にリッチなものであるということです。ハルさんは真のアーティストであり、インスパイアされたアーティストの仕事ぶりを見ることは、(我々にも刺激となり)よい作品づくりに繋がります。

撮影中の“フィルムから聞こえてくる声”を適確に捉えてもらうために、ドキュメンタリーは、(ドキュメンタリー総合監督の)有馬顕さんに全権を委ねました。有馬さんは、私たちが追い求めているものを瞬時に理解してくれたので、安心してドキュメンタリーでできる可能性を探求してもらうことができました。

できるだけ多く、30~40くらいのアングルをカバーしてもらいすべてのプロセスを記録するようお願いして、さらには最後にカップルにインタビューを行いました。真のドキュメンタリーを求めていたので、撮影の流れに任せて台本は用意せず、編集室でハルさん・有馬さんと一緒に(インタビューの台本を)書き起こしました。

実際に恋愛中のカップルを起用。「愛情あふれる形でカップルに一体となって欲しかった」

—撮影時の様子を教えて下さい。

撮影は朝から晩までかかりましたがスムーズに進みました。ハルさんは経験豊かな写真家ですし、有馬さんとも何年も前からチームを組んでいて一緒に仕事をすることに慣れていましたので、写真撮影とフィルム撮影を同時に行いました。

当然真空パックの中は空気が無い状況という危険を伴い、ショット数も制限される撮影でしたので、現場には緊迫感がありました。カップルが中にいられるのは10秒までですし、2,3回のショットが終わると非常に疲れて酸素吸入が必要になります。通常の撮影であれば終日かけて何百本も撮りますが、ハルさんは5ショット以上は撮れないと判断していました。カップルの疲労を考慮し、撮影は3時間で終了となりました。

最大の課題は綺麗なハートの形を作ることでした。ハルさんは身体を“彫刻”にしていきますが、高い視点から見ないことには形が完璧であるかどうか判断できません。目隠しをして撮影するようなものです。この点にとても腐心されていました。

—撮影に臨んだカップルは、どのような基準で選んだのでしょうか。

キャスティングはハルさんが行いました。ハルさんは自分の知り合い、または実際会ってみてフィーリングが合った人しかキャスティングしません。(起用された)サチコさんは、実際に知り合いで過去の撮影でも起用したことがあり、また既に真空パックでの表現も経験されていました。

今回キャスティングにあたり私たちがお願いしたのは、実際に恋愛中のカップルであることです。愛情あふれる形でカップルに一体となって欲しかったのです。サチコさんと男性の方は非常に仲良しで、フィルムも見てもその仲良しぶりが分かると思います。

—サチコさんが撮影前・後で変わった、とおっしゃっていたことはありますか。

カップルの距離が近くなり酸素のない状況を共に経験することで、より親密になったと感じたようです。辛いとか大変な経験という感じはなく、むしろこの撮影でお互いを非常に近く感じ、その気持ちはずっと続くものだとも思われたようです。

東京から世界へ、大きな反響。すべて「リアル」であったことが強い共感を生んだのでは

—ドキュメントムービーや当キャンペーンについての反響はいかがでしょうか。

世界中のメディアでこのキャンペーンは大変な反響を呼んでおり、みんな驚いています。公開24時間で世界中の様々なメディアに取り上げられただけではく、一週間から10日位でAd Age、Adweek、Creative Reviewといった専門・主流メディア、さらにはBBCでも紹介されました。

27年間クリエイティブに携わってきましたが、他の国でどれだけ話題になるかというところは予測が不可能ですが、今回は「人々の心に深く訴える」ものであったからこそだと思います。また、世界中がアクセスしやすいプラットフォーム(YouTube)を活用したことも大きいと思います。

日本でも非常に話題になっています。東京の真ん中・原宿にある日本のブランドですし、カメラマンが日本人ということも話題になり、多くのメディアで取り上げられています。日本国内でのフィードバックも非常にポジティブなものばかりです。日本社会の魂や日本が持つ創造性が生み出したクリエイティブだと思います。他の国ではできないクリエイティブです。コンドマニアのターゲットは「日本人の若者」と、「若者のメッカ」原宿、東京を訪れる「旅行客」ですが、どちらにも浸透したようです。

当然、見た人の好き嫌いは分かれるものですが「好き」の方がはるかに多いです。ドキュメンタリーもポスターも人々に深く共感されており、成功と言えるのではないでしょうか。コンドマニアというブランドの知名度は抜群に上がりました。

今回のキャンペーンの目的はコンドマニアのブランド認知を上げ、安全なセックスというコンドマニアの価値を伝達することですが、ひと月足らずで両方とも達成されました。さらに、若者にセックスの深い意義を訴えることによって、ヘルス・キャンペーンという側面を持たせていることも重要な点です。

—コンドマニアを手がけるシィーロード・インターナショナルさんの反応はいかがでしょう。

ブランドが世界中で話題になり、非常に喜んで頂いています。優れたクリエイティブを生み出すにはクライアントさんがオープンマインドであることがとても大事なのですが、今回は大きな裁量の中でクリエイティブを手がけることが出来ました。

—27年間クリエイティブを手がけているとのお話がありましたが、過去と比較し情報は広がりやすくなっていますか。

全くその通りだと思います。沢山のプラットフォームがあり、WEBが世界に解放されています。ドキュメンタリーやポスターが公開されると同時に、嵐のように動き出しました。(今回の動画のような)YouTubeで50万回再生を超えるということは、過去には簡単にはなし得なかったことだと思います。「いいね」と思ったらソーシャルメディアを通してウィルスのように爆発的に広がっていく。しかも、それが低いコストで実現出来る。今回のキャンペーンも決して大きな予算ではありませんでしたが、これだけの成果が実現出来ました。

ですが、今回このキャンペーンの情報がこのように世界各国に幅広く広がった理由は、プラットフォームの存在だけではないと考えています。(この撮影の)プロセス自体が、人々の心に訴え人々を魅了したからこそだと思います。特に現代においては何でも合成したり簡単に作れたりしますが、今回は制作過程、モデルとなった二人のコメントなどがすべて「リアル」であったことが強い共感を生んだのではと考えています。

—今後の展開予定を教えて下さい。

私たちは次のキャンペーンを楽しみにしています。今回の成功を超えるのは大変だとは思いますが、それだけやりがいがあると感じています。例えば若者向けの雑誌で展開するなど、国内の若者の間で今以上に話題にしてもらえるよう、価値の啓蒙に貢献していきたいと思います。

【Interviewee】

Ogilvy & Mather (Japan) GK
チーフ クリエイティブ オフィサー
アジャブ サムライさん

ランキング

最近見た記事

最新記事

すべて見る