イメージ覆す大阪府警察の詐欺啓発ポスター、このシリーズはいかに誕生したのか|前編
2025年、大阪府警察はSNS型詐欺啓発ポスターのシリーズとなる第1弾と第2弾を立て続けに展開しました。これまでの啓発・注意喚起をうながす広告とは異なり、そのイメージを覆すようなクリエイティブが特徴です。(PR EDGEの紹介記事はこちら)
第1弾となった「ダマされた自分が映る鏡」ポスターは、文字通りミラー用紙を活用したポスターで、正面に立つと投資詐欺に騙されそうになっている自分の姿が映るというもの。続く第2弾の「こんなセリフにキュンときたら#9110」では、ロマンス詐欺のよくある手口がストーリー仕立てに表現され、こんなセリフに騙されないでと注意喚起するものです。
どちらも企画・制作を担当したのは、ない株式会社の代表である岡シャニカマさん。警察というお堅いイメージのある組織の啓発活動で、このような異色な取り組みがどのように実現し、どんな反響を呼んだのか、仕掛け人である岡さんにお話をうかがいました。
前後編の前編。後編はこちらから
──2025年1月と9月に発表されたポスターが警察の啓発ポスターのイメージを覆すクリエイティブで注目されました。そもそも大阪府警察と一緒に取り組むことになった経緯を教えてください。
岡 2024年に大阪府警察の方から突然問い合わせがあったことが始まりです。当社はまだ設立3年目で、1人で運営しているような規模ですので、最初は詐欺かと思いました。「大阪府警察の誰々です」というかたちで、「啓発施策で、何かご一緒できないでしょうか」という内容でした。
当社のサイトをご覧いただければわかりますが、非常に問い合わせしづらいデザインになっています。「本当にまともに取り合ってくれるのだろうか」という印象を与えるような作りです。これは意図したわけではなくてノリで制作してしまったもので、後々反省している部分ではあるのですが……。それを乗り越えて、問い合わせ連絡をくださったのは大きなポイントでした。
──意外です。もともと何かのつながりがあったわけでもなく、問い合わせから実際に面会して話が進んでいったのですね。
岡 そうなんです。「話をさせてほしい」と当社までお越しくださいました。
現在、大阪ではロマンス詐欺とSNS型投資詐欺の被害件数が伸びているため、キャッチーなポスターで啓発ができないかというご相談でした。また今回の施策はCSR活動として、無償協力で依頼したいということも、その段階でうかがいました。
「ない株式会社」という名前の「ない」は、「ある/ない」の「ない」ではありません。つまら「ない」、みっとも「ない」、どうしようも「ない」といった否定的なものをあえていじっておもしろくするということをやっている会社です。
大阪府警察が相手にしているのは犯罪という絶対悪で、誰がどう見ても悪いものです。当社からすれば宝の山なので、本当は無償の案件なんてやってる余裕はないのですが、2度とないチャンスだと思い「ぜひやりたい」とお答えしました。
──最初のヒアリングはどのような雰囲気でしたか。
岡 上の役職の方まで参加されていて、警察官4名ほどに取り囲まれました。人生初の経験で、非常に緊張しました。
しかし、皆さんとても物腰が柔らかでした。もちろん無償での協力依頼ということもあるかもしれませんが、私が普段見ている警察というイメージとは少し異なり、いかにも警察官という印象がない方々だったのが印象的です。
今回は、先方に具体的な意見があったというよりも、とにかく「おもしろいことがしたい」という希望を受け取りました。こちらとしても、おもしろいことを世に出したいというのは大前提です。企画のヒントをもらいたくて、「今何に困っているのですか」とか「大阪は何が良くないのですか」「何を防止したいのですか」といったところから、まずはヒアリングを開始しました。

──施策の最大の目的は、被害に遭わないために重要なセルフチェックを大阪府民が自分ごと化できる、おもしろい仕掛けのアイデア提供ということですね。
岡 はい。大阪府内ではSNSを悪用した投資詐欺が急増傾向にあると聞きました。また、ロマンス詐欺被害も同様に件数や金額ともに急激に増加し、被害者層も40〜60代を中心に男女双方へ広がっているそうです。
これらの現状を踏まえて、幅広い年齢層に「ひょっとしたら自分も当てはまっているかもしれない」と気づいてもらって、被害を未然に防ぐことへつなげられればということでした。自分自身も詳しくは知らなかった大阪府内のSNS型投資詐欺の被害状況や手口などを教えていただいて、そこからポスターでどう被害防止ができるかを考えていきました。
──最初の段階から複数の案を提案されたのですか。
岡 最初の時点でコンセプトをひとつ立てて、6案ほどのアイデアを提案していました。そのうちのひとつだった、鏡のポスター案がまずは採用されたわけです。比較的トゲの少ない案だったので最初に部内を通せそうだったことが理由と聞いています。
とはいえ、「自分が騙されたと思える」ような擬似体験ができる鏡をポスターにすることは、これまでにないアプローチになりました。ただ、私自身が本当にやりたかった案は「キュンとくるセリフ」ポスターの案だったんです。
──なるほど。そんな初回の鏡のポスターの反響を受けて、第2弾で本命案の実現につながったのですね。
岡 鏡の案を実施して、現場で効果検証をおこなったそうです。他のポスターと比べて圧倒的に見られる結果になったと聞いています。多くの人に視認されやすかったようで、効果測定結果も部内の評判も良かったということで、「第2弾をできないか」とご連絡をいただきました。
実は最初「岡さんのお手を煩わせないよう」とのお気遣いで、鏡のポスター案のロマンス詐欺版はどうかと提案されました。しかし、せっかく第2弾をやるのであれば「キュンとくるセリフの案をやりたい」とこちらから逆提案しまして、実現しました。

──提案資料を拝見すると、かなり詳細に分析されていますね。
岡 何を伝えれば特殊詐欺防止になるのかというところで、自分なりの分析、仮説を立てました。もともと大阪人は「オレオレ詐欺に引っかからない」とかつては言われていて、そのことを誇りに思っている節がありました。
オレオレ詐欺で「ごめん母ちゃん、事故っちゃったよ」と言われたら、他府県の方であれば「本当に大丈夫? いくら必要なの?」となるところが、「自分でなんとかし。知らんがな」という感じで電話を切る。それが大阪人のプライドだったんです。
ちなみに、私も生粋の大阪人です。
──しかし、実態は異なっていたと……。
岡 実際に話をうかがうと、大阪府民は還付金詐欺や投資詐欺に引っかかりやすいということでした。その理由を考えたときに、オレオレ詐欺は悲しい出来事、マイナスな出来事が起きたことを「助けてほしい」という話ですが、還付金詐欺は「あなたにいくら返ってきます」という、“うまい話”なんですよね。“うまい話”には、大阪人のアンテナが反応しなくなるというか、舞い上がって冷静な思考ができなくなるようです。
これが大阪府民の特性であるのではないかと思いました。それなら“うまい話”を「おかしい」と思えるように、“うまい話”自体にセンサーが機能するようにできれば、被害の件数を減らせるのではないかという仮説のもと、コンセプトを組み立てました。
──コンセプトは「わかりやすい幸せは、不幸への前フリ。」ですね。
岡 大阪人も大好きなお笑いの文化にも少しなぞらえ、漫才でよくある「そんなことできたらいいなあ」「いや、ないんですよ」「ないんかい」といった、要はフリとオチの構造を用いました。
あからさまな「うまい話」が来た瞬間に「それは不幸への前フリ、あなたには残念なオチが待っています」ということをメッセージとして伝えるというコンセプトで企画しました。
──提案された6案のなかには、他にどのようなものがあったのですか。
岡 もうひとつ、やりたかったのがロマンス映画広告風チラシです。一見すると日本人のおじさんと海外の美女という摩訶不思議なロマンス映画で、よく見るとロマンス詐欺の啓発になっていて、興行収入風に「被害総額49億円突破」のように表現するものです。
また、大阪なので阪神やオリックスで活躍された糸井選手が「4億稼げるで」と詐欺師風に寄ってくるという案や、セレッソ大阪の選手を詐欺グループ役で起用して「詐欺集団(やつら)の連携はセレッソ並み」と打ち出すアイデアもありました。どっちも本当に提案したら怒られそうです。
ただ、スポーツ選手を起用した啓発ポスターは既視感が強いので、いっそのこと詐欺師側にフォーカスして、啓発を促す役割をさせた方が目立つとは思います。

──「一般人だと自覚させる」という案もありましたね。
岡 うまい話が一般人のあなたに来るわけがないということを自覚させる、というのが最初の案でした。これが最終的には鏡のポスターとして採用されました。
──鏡のポスターを実現するにあたって、試行錯誤されたポイントはありますか。
岡 これらのポスターは、交番だけでなく、いろいろな場所に掲出されました。駅や商業施設、パチンコ店などに大阪警察が直接お願いに行ったそうです。了承が得られた場所に掲出されるため、最終的にどこへ掲出されるかも制作段階ではわかっていません。
ただ「どの程度の高さに掲出してほしい」というリクエストは事前に伝えられます。そのため、自主的に大阪市内の街中で掲出位置を想定し、適切な視認性が確保できる高さを検証しました。
また、印刷の校正が上がってきた段階でデザイナーの森倉ヒロキさんと大阪府警察本部へ行き、担当の方々と一緒に確認して意見交換などをしました。
──大阪府警察とのやり取りはスムーズでしたか。
岡 はい、非常にスムーズでした。正直なところ、大阪府警察とご一緒するとなると、さまざまな制約があり、表現もかなり慎重に進める必要があるのではないかと想像していました。もちろん守るべきルールはありますが、実際には想像以上に柔軟で、良い意味で驚きました。
こちらが踏み込んだ表現を提案しても「おもしろいですね!」と前向きに受け止めてくださったのが印象的です。感覚的な相性の良さがあったことは、今回の企画において非常に恵まれていた点だと思います。

──最初の鏡のポスターを公開した後の反応はいかがでしたか。
岡 大阪府警察の方からは、これまでの「この詐欺に注意」といった通常よく目にするポスターを掲出依頼する際よりは、圧倒的に施設側の反応が異なるとのことでした。
「こんなものを制作されたのですね」とまず驚かれ、「ぜひ掲出させてください」といった前向きな反応が多かったと聞いています。
──掲出する側も、やりやすかったということなんですね。
岡 従来のような注意喚起型のポスターの場合、施設側としては「ここで犯罪が起きているのではないか」という印象を与えてしまわないか、と懸念されることもあったのかもしれません。
今回の2つのポスターはいずれもエンタメ性を持たせていたため、見る人にとっても楽しみながら受け取れる設計になっていたことが、結果的に施設側にとっても掲出しやすかったのかもしれません。
(前編・了 後編はこちらから)
続く後編では、この大阪府警察の異色啓発ポスターシリーズについて、活用の場が拡大している実情などを中心にお届けします。
(取材・文/見野 歩)
<関連プレスリリース>
・大阪府警察のSNS型投資詐欺啓発ポスター「ダマされた自分が映る鏡」が公開
・ロマンス詐欺の“口説き文句”を使った啓発ポスター「こんなセリフにキュンときたら#9110」が公開
・陰謀論耐性の強化を狙った「ムー」監修のボードゲーム 都市伝説ダウト「証拠より論」販売開始
・マッチングアプリ「タップル」、大阪府警察と連携し「SNS型ロマンス詐欺」被害防止の啓発活動を開始
・マッチングアプリ「with」「Omiai」を運営統括するエニトグループ SNS型ロマンス詐欺対策の一環として大阪府警察と連携し、ユーザーへの啓発活動を実施
その他のインタビュー記事についてはこちら
https://predge.jp/search/post?othres=31
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