SNSで話題 “漁師からモーニングコール”施策はどのように生まれ、どれだけの依頼があったのか
Case: 一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン『フィッシャーマンコール』
話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。今回は、一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパンが宮城県石巻市とタッグを組んで展開した『フィッシャーマンコール』を取り上げます。『フィッシャーマンコール』は、依頼した日時に“早起きのプロ”である漁師から、朝が苦手な若者にモーニングコールがかかってくるユニークなサービス。本施策が生まれた背景には、石巻市の切なる願いがこめられていました。
本施策を主導した、一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン 事務局長 長谷川琢也さん、プランニングを手がけた株式会社電通 第3CRプランニング局 コミュニケーション・プランニング3部 クリエーティブ・ストラテジスト キャンペーン・プランナー 長島龍大さん、同 デジタル・クリエーティブ・センター デジタル・クリエーティブ3部 コピーライター 藤田卓也さんに、実施の意図やウェブ・動画制作の舞台裏、バズを生み出した背景等を伺いました。
「漁師は得意。だけど、若者が苦手なことって?」なぞなぞのような問いから生まれたクリエイティブ
—まずは、企画の発端を教えてください。
長谷川:フィッシャーマン・ジャパンは、漁業の課題解決団体として、これまでも様々な施策を行っています。その活動の一つとして、3年前から宮城県石巻市の委託を受け、水産業の担い手を増やす施策に取り組んでいます。これまでに漁師専用求人サイトの立ち上げや、漁師向けシェアハウスの整備、漁業体験ツアーの開催など行ってきましたが、まだまだできることがあると感じていました。今回は県外に向けた試みを念頭にしていましたので、面白いことをやりたいと考えていました。
—そこで、長島さんと藤田さんがプランナーとして手を挙げられたのですね。
長谷川:はい。フィッシャーマン・ジャパンには、多くの人がプロボノとして関わってくれています。今回、クリエイティブチームのメンバーとして「手伝うよ」と声をかけてくれたのが、長島さんと藤田さんでした。
—フィッシャーマンコールの着想はどうやって生まれたのでしょうか。
藤田:シェアハウスをはじめ水産業の担い手を増やすための直接的な取り組みは既に行われていたので、僕たちは漁師や漁師という仕事に興味を向けるきっかけづくりに取り組むことにしました。そこから漁師の強みを生かして何か若い人の困っていることを助けられないか?という視点でいろいろ考えていたところ、『漁師は早起きが得意で、若者は早起きが苦手』という企画のコアにたどり着きました。
長島:この案が出たときには、お互いに手ごたえを感じましたね。話題化をするうえで、漁師のイメージと漁師のアクションとの間にギャップが必要と考えていたので、「漁師がモーニングコールをかける」というのは意外性もあるし、今までにない接点づくりにもなるので、色々なことが同時に解決できそうだと感じました。
—長谷川さんは、提案を受けた際にどう感じましたか。
長谷川:僕も元々は漁師ではなく東京の人間なので、そういう目線から分かりやすい企画でおもしろいと感じましたが、それと同時に「役所の人と漁師には、絶対に理解してもらえないのでは」とも思いました。案の定、彼らからは「漁師に対して興味を持ってもらうのに、なぜモーニングコールなの?」という反応が返ってきました。
—そういった地元の方の疑問をどのように解いていったのでしょうか。
藤田:いきなりモーニングコールと言うと、戸惑うと思っていたので、地元の方には、“漁師と話せるウェブサービス”として説明しました。『担い手を増やすために交流の機会を増やしましょう。石巻市に行かなくても漁師と話せるサービスを作りましょう』という立て付けですね。そのうえでサービスの提供は、朝のシチュエーションに絞ることを伝えました。日常的にバズネタに触れていない方たちなので、個々の説明は特に丁寧に行いました。
—モーニングコールをかける漁師さんは、どのように選定されたのでしょうか。
長谷川:石巻市の事業なので、地域のまとめ役になっている漁師さんを中心に、やることの意義に賛同してくださった熱い方にお願いしました。
フィッシャーマン・ジャパンは、旧態依然とする水産業に風穴を開けてきた団体なんです。それに対する風当たりの強い時期もありましたが、共感してくれる人も徐々に増えてきていて。今回協力してくれた漁師のなかには、過去僕らの活動にいちゃもんを付けた人もいるんですよ(笑)。でも、今では「新しいことに抵抗して何もしないでいるうちに漁師の数は減っていく。何でもいいからやってみないと」と言ってくれています。今回の企画は、そんな熱い思いを持つ人の声が、プロダクトとして表に出たこともまた良かったと思っています。
WEBサービスらしさを意識したムービー制作
—ウェブ制作、動画制作に関するこだわりを聞かせてください。
長島:まずウェブは、サービスに奥行きをもたらすために各漁師の情報を充実させました。また、モーニングコールサービスなら声が聞きたいのでは、ということで、ボイス試聴をできるようにもして、個性豊かな漁師が揃っていること、そのなかからコールしてもらう人が選べることを打ち出しました。サイトをシェアすると抽選で銀鮭がもらえるキャンペーンも、小ネタですが漁師ならではの仕掛けを入れています。そして、漁師一人ひとりのタイムスケジュールを入れることで、仕事への興味を喚起できるようにもしました。
藤田:続いて動画ですが、制作はピラミッドフィルムクアドラにお願いしました。こだわったのは、本物のサービスとして見えるか?という点です。“スタートアップ企業が始めた、新規サービスを紹介するムービー”をイメージしています。おもしろおかしくやりすぎて嘘だと思われると癪なので、リアリティは大切にしました。あとは、どうしてもチームが大所帯になってくるので、何のための動画なのかを共有することも重視しました。動画自体がバズることよりも、この動画を見れば一発でサービスが理解できるものにしようと話したり。また、最近は、Facebookで流れてきたものを視聴するケースが主流なので、最初の10秒にキラーカットを入れる、スマホでは無音で視聴するケースも多いので、音が無くても分かるようにするなど、何を狙いにするのかを明確にしました。
実際の依頼数はどうだったか
—今回、プロモート予算をかけずに多くのパブリシティを獲得したと伺っています。具体的にどんな活動を行ったのでしょうか。
長島:まずは、『漁師』『モーニングコール』という二つのワードが流通するようにプレスリリースを書きました。そのうえでメディアさんの連絡先を一つずつ調べて情報提供を行うという地道な作業をしています。そこから一つ二つと記事化されるにつれ、露出が爆発的に伸びていきました。ツイッターの影響も大きかったですね。「漁師のモーニングコールがおもしろい」とツイートした人が6,000人もいたんです。さらには、動画のスクリーンショットを集めてツイートした人のリツイートが40,000くらいありました。その反響を見たメディアから、また問い合わせが舞い込むという具合です。
—露出内容もバラエティに富んでいたんですよね。
長島:そうですね。リリースは、「5月病をなんとかしたい!」という文脈も入れたので、「だるい」「早起きが辛い」とツイートしている人に対し、「こういうサービスがあるらしいよ」という会話が生まれるなど、広がりを出せました。このほか、漁師がモーニングコールをしているギャップのおもしろさを紹介するものから、色々な課題を解決するアイディアとして秀逸だというもの、単純に漁師に起こされたいというミーハー心をくすぐるものまで出方は様々で。なかでも印象的だったのは、漁師の阿部誠二さんのキャッチコピー、『父子鷹の秘技に酔いしれろ』が、アニメ『テニスの王子様』に出てくる跡部圭吾の決め台詞「俺様の美技に酔いな」を連想させるらしく、ファンの方が反応していたこと。こういうのを見ると小ネタは色々入れておくものだと、しみじみ思います。
結果として、ウェブメディアでは150媒体、TVは10媒体、新聞も5媒体、このほかラジオや海外メディアにも多く取り上げられ、大きな成果を出すことができました。
—モーニングコールの依頼数はどうでしたか。
長島:もともと100~200件を想定していましたが、実際は1500件を超えました。申込者は女性が7割と多く、年代は20代が中心でした。当初は、申し込み件数は重要視していませんでしたが、あまりに反響が大きかったので、漁師さんにはできうる限りモーニングコールをお願いして頑張ってもらいました。ちなみに応募される方は、『なぜ起こしてもらいたいのか』など質問に答えていただく必要があったのですが、『漁師になりたい』と書いてくださっている方の声を拾うことができた点は良かったですね。
—今回の成果を振り返って、どう感じていますか。
長島:今回の施策は、企画が話題になってよかったという単純なものではなく、地方をはじめ、斜陽になりかけている産業に就く方が、新しいチャレンジをするうえでの原動力になっていくと感じています。ここからが大事ですよね。
長谷川:そうですね。チームでも話していますが、この反響を一過性のものとして終わらせるのではなく、この接点を深める、もしくは広げていくことは継続していきたいと思っています。今回の施策の成功により、行政や漁業関係者の期待の高まりも実感しており、各地の漁業関係者から「自分たちもやりたい」と連絡が入るなど、副次的な効果が生まれています。「フィッシャーマン・ジャパンに任せるとおもしろいことが起きる」という印象も形成できつつありますので、次の企画の弾みにしていきたいですね。
フィッシャーマン・ジャパンの活動は、これまでも地方創生の文脈で色々なメディアに取り上げていただいていますが、地方クリエイティブが増えている昨今、本質的な企画の立ち上げ方やプロとの関わり方を探っていくことも我々の役目だと思っています。クリエイティブやバズと無縁の生活を送る地方の人たちのアイディアが、都会のクリエイターの企画やアクションを越える時代を作っていきたいです。
今回のフィッシャーマンコールの事例により、広告やクリエイティブが、世の中の困っていることを助ける手段の一つとして認識されるようになると嬉しいです。
写真左:株式会社電通 第3CRプランニング局 コミュニケーション・プランニング3部 クリエーティブ・ストラテジスト キャンペーン・プランナー 長島 龍大さん
写真中:一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン 事務局長 長谷川 琢也さん
写真右:株式会社電通 第3CRプランニング局 デジタル・クリエーティブ・センター デジタル・クリエーティブ3部 コピーライター 藤田 卓也さん
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