「おもしろいけれど買わない」を覆す感情設計。森永製菓『崖っぷちキャンペーン』の舞台裏
Case: 森永製菓「JACK 美味しいのに崖っぷちキャンペーン」
話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。
今回は、森永製菓株式会社『JACK 美味しいのに崖っぷちキャンペーン』を取り上げます。『JACK』とは、ローストアーモンドにキャラメルがコーディングされた素材菓子。発売は今回が3度目、しかも売れなかったら終売という切羽詰まったこのお菓子の状況を、”崖っぷち“と表現して展開した本キャンペーン。やけくそ感のあるさまざまな施策もまた、悲壮感が漂っていると注目を集めました。
本キャンペーンのねらいを、森永製菓株式会社 マーケティング本部 菓子食品マーケティング部 新カテゴリー担当 藤井えりさん、株式会社博報堂 第1クリエイティブ局 高田チーム クリエイティブディレクター 河西智彦さん、株式会社マテリアル 営業局 第2グループ アカウントエグゼクティブ 裏垣宏樹さんに伺いました。
自虐的なキャンペーン展開に、社内から心配の声が挙がった
―これまでの広告展開や商品仕様の変遷をお聞かせください。
藤井:『JACK』は当初、男性をターゲットに開発したお菓子でした。そのため初回や2度目は、交通広告、サラリーマンを対象としたサンプリング、紙媒体とのタイアップなどを実施したのですが、いずれも目に見える効果にはつながりませんでした。
パッケージも3度目のリニューアルです。販売チャネルであるコンビニエンスストアの特性に合うデザインを念頭に、さまざまな視点からブラッシュアップを図りました。
―今回の崖っぷちキャンペーンに並行して、通常のキャンペーンも展開されたと聞きます。
藤井:はい。まず通常のキャンペーンは、ターゲットを有職女性に変更のうえ通勤時に接触してもらうことをねらい交通広告を実施しました。ビジュアルやコピーは、当社の主力製品を用いながら、『JACK』の特長をお伝えできる内容にしています。というのは、過去2回の発売で品質特徴の伝わりづらいことが課題に挙がったこと、かつ消費者は、ロングセラーのエクステンション品を好む傾向があることから、これらを踏まえたコミュニケーションを展開しました。
一方、崖っぷちキャンペーンは、「思いっきり話題になる施策」「発売週に売り上げの出るアプローチ」の2点をオリエンテーションの席で代理店さんにお願いしました。各社の提案が揃い内容をつめていくなか、博報堂さんの『崖っぷちキャンペーン』に決まったのですが、自虐的なトーンでの展開に対し、さまざまな意見が社内から出て、各方面から心配されました。
特に表現の部分は、「やり過ぎだ」「森永製菓らしくない」といった声も聞こえていたので、慎重に進めていきました。当社としても、こういったトーンのキャンペーンは初めてだったので、ぎりぎりまで調整をしつつ、なんとかスタートにこぎつけました。
「おもしろいけれど買わない」を覆すための感情設計とは
―キャンペーンは、どういった意図で設計されたのでしょうか。
河西:昨今のユニークなキャンペーンを見ていると、「おもしろいけれど買わない」というのがユーザーの定説になっていたので、これを覆せないかなと考えていました。そこで、「どんな感情になると人間は行動に移すのか」という部分に重きを置き、ウェブは博報堂DYメディアパートナーズの石川雅雄が、デザインは、僕と同じ博報堂の中島淳志が、そしてPRにおいては株式会社マテリアルが中心となり、それぞれが持つ知見を集結させ、アイディアをブラッシュアップしていきました。
今回のキャンペーンでいうと、「美味しいのに」と付くことが大切なんですよね。これが付くことで、「なんでだろう?」という疑問が生まれ、不思議なお菓子になるんです。その結果、ネットの投稿でも多く見られた「食べてみたい」「探したい」という感情を生み出すことができ、購買につながりました。
また、ウェブサイトにおいても同情を引くコピーを大切にしました。たとえば「奇跡を願ってやみません」「お願いします」のような感情を刺激するフレーズを盛り込むことで、ユーザーの行動喚起に結び付けています。さらに、コンビニの仕入れは店長さんに裁量があります。ネットがかなり浸透していることもあるので、この店長さんのアンテナにどうすれば引っかかるのかを考えたほか、お客様から店長さんにアプローチできるようにもしました。
―ヒッチハイクや電車ジャック、すなば珈琲とのコラボレーションなど、ユニークな取り組みも目立ちました。
河西:これらは、「崖っぷちに立った人はどういった行動をとるのか」というのを基点に設計しています。実際の接触人数よりもPRの拡散力で話題化につなげることを目的に行いました。
最近のキャンペーンは、外の媒体に出ていってどこまで話題になるかを考えますが、一世代前はサイトに呼び込む形を採っていました。今回は、『JACK』の状況を知ってもらうため、サイトに呼び込む必要があったので、その流入経路としてこれらを用意しました。
―当初、発売初週に大きなヤマを持っていきたいとお話しされていましたが、それ以降もコンスタンスに情報を投下されていった意図を教えてください。
藤井:確かに初動はとても大切な部分で、実際かなりのボリュームを持たせているのですがコンビニは商品の回転が目まぐるしく、売れなければ1か月半で取り扱いが終わってしまいます。スタートダッシュのあとは、いかに息の長い定番品として生き残っていくかが大切なので、継続した情報投下を行うことで、常に盛り上がっている状態をつくれたらと考えました。
河西:キャンペーンは、当初昨年の11月中に終わらせる予定で設計しており、売れ行きによって次の施策をどうするか考えようと思っていました。ありがたいことに話題化ができていたので、反応が落ち着いたころに新たなコンテンツを投入するということを繰り返しました。ここは、スケジュールの柔軟性が大事になってくるのですが、森永製菓さんのご理解もあり良い形で行うことができました。
『JACK』に『地方創生』を絡め、メディア露出を拡大
―そのいくつかある施策のなかでも、『すなば珈琲』とのコラボレーション企画として、昨年12月に期間限定オープンしたショップは、大きな話題になりました。
裏垣:こちらも話題化のための施策でしたが、”すなば珈琲の東京進出”のほうにニュースが偏ると想定できたので、『JACK』を取り上げていただくために『JACK』を使った期間限定メニューをつくり、露出のされ方に工夫を図りました。さらには、ニュースに多面性を持たせるため、鳥取県出身の代議士である石破茂さんと鳥取県知事 平井伸治さんにお店に足を運んでいただきました。
“地方創生”のキーワードは、引き続き注目されていますし、都心と地方の関係性は、多くの生活者、メディアの関心ごとでもあります。平井知事は、県のPRが非常に上手く注目度も高いことから、この文脈をうまく活用するべく地方企業と都心企業の取り組みをストーリーにしてメディアに伝えました。この結果、政治系メディアでも報道されることになり、多くの生活者にリーチできました。これらの情報をウェブで知って来店したというお客様も多く、四日間の出店でしたが約2,000人の方にお越しいただけました。
―キャンペーン全体を通しての反響はいかがでしたか。
藤井:正直ここまで広がるとは思っていませんでした。再発売から約3か月が経ちますが、取り扱いのあるコンビニも細々ながら残っていますので、過去2回が短期間で終売に至ったことと比べても一定の成果が出ていると感じています。しかしながら、「どこで売っているのか分からない」という声がお客様から聞こえてきましたので、そこはチャンスロスでした。
ただ、ウェブのお客様は温かく、「コンビニをはしごして探した」「終売にならないように今日も購入した」といった、応援コメントをたくさん見かけました。なかでも、「チョコボールで育ち、いまはダースにお世話になっているからJACKも応援しないと」といった書き込みは特に印象に残りました。当社には、育てていくといった雰囲気になるお菓子がこれまでなかったので、当社に対するお客様の気持ちが表面化したという点もまた良かったです。
河西:今回はウェブでの話題化を通じ、ただの認知ではなく「食べてもらう」ことにつながった点は、非常に良かったです。クライアント、広告代理店、PR会社が、会社の枠を超え、一体になって取り組めたことがキャンペーンの成功に起因しているのではないでしょうか。
『JACK』は実際に食べてもおいしいお菓子ですので、これからは『JACK』自身が一人立ちしていけると良いですね。
森永製菓株式会社 マーケティング本部 菓子食品マーケティング部 新カテゴリー担当 藤井えりさん(右)
株式会社博報堂 第1クリエイティブ局 高田チーム クリエイティブディレクター 河西智彦さん(左)
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