カンヌ受賞事例・オフィスとビーチ兼用スーツ「TRUE WETSUITS」開発から実現までの舞台裏

Case: QUIKSILVER「TRUE WETSUITS」

話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回はQUIKSILVER「TRUE WETSUITS」を取り上げます。この「働くサーファーのためのビジネススーツ」をコンセプトにした、高度な防水機能を備え、オフィスでもビーチでも着用することが出来るスーツは、今年のカンヌライオンズでPR部門で金賞・銀賞、デザイン部門で銀賞と、国内外で大きな話題となりました(PR部門「SECTORS – Luxury Goods, Fashion & Beauty」金賞、「PRACTICES & SPECIALISMS – Launch or re-launch」銀賞、デザイン部門「VISUAL LANGUAGE & GRAPHICS –Promotional item design」銀賞)。

コンセプト立案から商品開発、プロモーションまでをQUIKSILVERのパートナーとして担当したTBWAHAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクター 佐藤カズーさん、クリエイティブディレクター 細田高広さん、インタラクティブプラナー 鈴木徹さん、アートディレクター 清水恵介さんにお話を伺いました。

Interview & Text : 市來 孝人 (Takato Ichiki)
この商品開発を通して「仕事とサーフィンの両立」のライフスタイルを話題に

—まずはこのプロジェクトが始まった経緯についてお聞かせ下さい。

細田:今回は、通常の広告を作る形ではない、つまりオリエンを受けてからスタートするという話題の作り方があるのではとスタートしました。お題も最初からフリーの状態で考えて、(そのテーマに合う)クライアントに提案しに行くというスタイルを取ったプロジェクトです。こうして生まれてきたアイデアが、まさに「ビジネスでも使えるウェットスーツ」です。

このアイデアをQUIKSILVERさんに提案したところ非常に喜んで頂きました。QUIKSILVERさんと議論させて頂いたのは、まず、サーフィンが特に日本では頭打ちで、日本人が忙しすぎてサーフィンに行けないような状況だということです。そして、リーディングブランドであるからには、商品の機能性を一つ一つ訴えていくより、サーフィン自体を盛り上げなきゃいけない。そんな意識の確認からひとつひとつプロジェクトを進めて行きました。

—やはり、ターゲット層としては動画に出てくるようなビジネスマンをイメージされていたのでしょうか?

細田:若い頃にサーフィンをしていたけれど、仕事の忙しさのあまり、そのライフスタイルを手放してしまう。そんな多忙なビジネスマンは少なくありません。彼らが今回の企画のメインターゲットでした。彼らに実際にこのスーツを着て、サーフィンとオフィスを行き来してもらうのが一番の目的ですが、それだけではありません。この商品自体を広く話題にすることで「仕事とサーフィンの両立」が必然的に世間の話題になることを念頭に置いていました。「もう一回やってみようかな」とか、「自分もやってみようかな」とか、そういった話題を喚起することができたように思えます。

—みなさんも、やはりサーフィンがお好きだったんですか?

細田:僕はロサンゼルスにいた頃「これはやるしかない」と、サンタモニカサーフスクールという、いかにも現地らしい名前のところに通う事にしたんですが…実際やってみたらなんて過酷なスポーツなんだ!と。ただ僕は本当ににわかサーファーです(笑)。QUIKSILVERさんにつないでくれたのは、ガチサーファーの鈴木です。

鈴木:知り合いに元QUIKSILVERさんの方がいて、その繋がりでプレゼンさせてほしいと、お願いさせて頂きました。

—最初に、QUIKSILVERさんにアイデアを持って行った時の反応はいかがでしたか?

細田:アイデア自体はすぐに「面白いですね」と言って頂きました。ただそこからどうつくるか、という話になった時には「少々お時間をください」と。日本に工場があって、職人さんがいらっしゃるのですが、この商品を作るには通常のラインを一回止めなければいけないんです。それは口で言うほどカンタンな決断ではありません。もう一つ検討しなければいけなかったのは、シャツやネクタイなども含めた一式が本当に出来るのか、ということでした。すぐに解決策は見つかりませんでしたが、その後、議論を重ねて3Mさんと一緒に開発している素材でシャツがつくれる見込みが立ったんです。こうした小さな課題を一つ一つクリアにしていくことで完成に近づいて行きました。

—ということは、実際に動き出すまでは少々時間がかかったのでしょうか。

細田:最終的に前向きなお返事を頂くまで一ヶ月ほどかかりました。その後、実際に作るにあたってはスーツとしても違和感無く着用出来るものにすべく、著名なスタイリストにチームに参加して頂き、シルエットやカット、ネクタイのディテールなど、職人さんも含めたチームで対話を重ねて制作していきました。

清水:普段の広告デザインとは違い、プロダクトデザインって広告の何倍も時間がかかるんですね。だからプロダクト製作のスケジュールは非常にタイトで、サンプルを作ってやり直してっていう時間がなく一発勝負でした。そこでスタイリストさんとパタンナーさん、職人さんと知恵を出し合って、素材違いやデザイン違いのネクタイの柄を一度に何十種類も作って、その中から一番良いものを選ぶという綱渡りな進行がチャレンジでした。

—商品を実際に着用して撮影されたムービーも印象的でした。

佐藤:ストーリーは極めてシンプルに書きました。商品のコンセプトがそもそもディスラプティブなので、奇をてらわずに、ストレートに書くのがベストかなと。大事にしたのは、スーツでサーフィンする瞬間です。音楽ががらっと変わって、キャストが別人格となるような雰囲気を出したく、音の設計と映像がシンクロするように企画しました。

鈴木:どこで撮るか、場所の選定をずっとしていましたね。天気も加味して。

佐藤:波は自然のものなので、撮りたいものが撮れる保証がないのです。なので、短い時間の勝負になることも想定し、とにかく考えうる全てのカメラとアングルで収めたいと考えました。本番は撮影滞在期間の8割が雨(笑)。絵になるような良い波が出たのが帰る4時間前だったという。ロケは本当怖い。

—今回のムービーの主役は、確かにビジネスもサーフィンも両立していそうな雰囲気をお持ちですよね。この人選はやはり意識されたのでしょうか?

細田:サーフィンが上手い方で、かつオフィスにいるような雰囲気の方って実は結構少ないんです。出演しているマーシー(三浦理志)さんは雑誌「OCEANS」でもモデルとして登場していて、まさにターゲットである「仕事もやるけどサーフィンも手放さない」という方が読んでいるような雑誌でのトップモデルさんです。マーシーさんも「これは僕の仕事です!」と言ってくださって。

国内のみの発売にも関わらず、海外からの反響も

—商品を実際に購入されたのは、どういった方が多かったですか?

細田: 20-40代の都心の方が多いというデータは出ていて、まさに僕らが買って欲しい人でしたね。

佐藤:海外からの問い合わせも多いです。

鈴木:海外からは「買わせて欲しい!」とか「セレクトショップで扱いたい!」という問い合わせが多かったですね。他には「会社のCEOに着させて映像を撮りたいんだ」なんて問い合わせもありました。

—ということは、今後海外での展開も有り得るのでしょうか?

鈴木:現状は国内限定のみの販売ですが、今後の可能性を検討中です。

細田:EC経由ではなく、セレクトショップで扱ってもらうということはあるかもしれないですね。

—カンヌのPR部門・デザイン部門で評価された理由は、それぞれどういった点だと思われますか。

細田:(PR部門は)ワークライフバランスを解決する為のアイデア、この商品によって態度変容を作れたという点が大きいのではないかと思います。アプローチとしての手法が、バイラルプロダクトとして面白く見えたんじゃないかと。

清水:(デザイン部門は)サーフィンができるスーツという誰も見たことのない、さらに一度見たら誰かに言いたくなってしまうデザイン、つまり広告をしなくても勝手にバイラルするデザインという点で評価頂いたからだと考えています。

—実際にカンヌに行かれて、現地での反応はいかがでしたか。

鈴木:審査員の方々や、外国人の方々からすごく話しかけられましたね。この商品がみなさんに強く印象に残っているのを実感できて、嬉しかったです。

佐藤:今年もソーシャルグッドが目立ったカンヌでしたが、この企画も視点を変えればソーシャルグッドなんです。サラリーマンのライフバランスを変えようとしているので。そんな中、我々の仕事が仮に突き抜けて見えた理由があるとしたら、そのソリューション(解決法)にあるのではないかと考えます。オーディエンスをGOOD CAUSEで動かすといった所謂“いい話企画”に対し、サラリーマンがスーツのまま海でサーフィンするという異常値で解決させようとするアイデアのユニークさにあったのではないかと。

鈴木:「世の中を良くしよう」というアイデアが多い中でも、#HandsOff(アダルトサイトを一定の条件をクリアすれば無料で見ることが出来る作品)など、単純に面白い事例はやっぱり好きでした(笑)。世の中を良くする事例と、とにかく面白いことを本気でやる事例、大きくは2つあって、僕らの事例は後者だと思いますが、TBWAっぽくて良いなと改めて思いました。

佐藤:「世の中を良くしよう」という傾向は、減ることもなく、むしろと増えたようには感じます。来年は減るのか?という憶測もありますが、僕はもっと増えていくと思います。BRAND CITIZENSHIP(ブランドの市民権)という言葉にある通り、クライアント企業は事業の推進だけでなく、それを超えた様々な価値を社会へ届ける必要性が増してきていると思います。自分達のビジネスに何らかの接点を持つコミュニティや人々に影響を及ぼす課題の解決に積極的に取り組んでいかないと世の中に受け入れられない時代に突入してきているのではじゃないでしょうか。ただそういった課題のソリューションとしてTRUE WETSUITSのようなFUNなアプローチがもっと増えてもいいのではと思ったりしています。

TBWAHAKUHODO
(左から)
アートディレクター 清水恵介さん
クリエイティブディレクター 細田高広さん
エグゼクティブクリエイティブディレクター 佐藤カズーさん
インタラクティブプラナー 鈴木徹さん

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