伝えたい想いは「東京だけが全てじゃない」三井住友海上担当者に聞く改革施策全貌|後編

2024年末から新年にかけて、多くの帰省客が行き交う空港、新幹線の主要駅、夜行バス内に、ある企業の人事採用改革を告げる交通広告が掲出されました。

この広告は、損害保険会社大手である三井住友海上火災保険株式会社(以下、三井住友海上)が、企業改革の1つとして行う「地元LOVE&PRIDE」と名付けた新卒採用プロジェクト実施を宣言するもの。

2026年卒の就活生を対象に、同社は希望の初任地を指定しない「オープン」と、初任地を選べる「配属地確約」の2つのコース区分を導入。人事改革の成功には全国の地方拠点がカギになるとして、社内改革を後押しするために特設サイトを公開しました。

その特設サイトは、47都道府県それぞれの拠点を紹介するページで構成されています。各拠点のページのビジュアルに、各拠点の社員が選んだ「地元の名所」をデザイン。そのテーマは地元への愛着や誇りだといいます。さらに、実際にその土地で働く社員のキャリア観、休日の過ごし方などを紹介することで、その個性や地域性を訴えます。

三井住友海上人事部・採用チームの関口裕紀さんと、この施策を伴走する、採用マーケティング企業・株式会社No Company(博報堂グループ)の担当者・真野雄平さんにお話をうかがいました。

※前後編の後編。プロジェクトに至る背景や課題をうかがった前編はこちらから。

ーー前編では、このプロジェクトを通じて、三井住友海上の採用をめぐる課題や取り組みをうかがいました。「地元LOVE&PRIDE」のパートナーとして、No Companyを起用した理由を教えていただけますか?

関口:就活生が当社を認知し、興味・関心をもってもらい、採用イベントに足を運んでもらう……この部分を一気通貫で協力していただけるということで、2024年4月から正式にNo Companyさんと連携しました。決め手の1つは「THINK for HR」というサービスです。

真野:「THINK for HR」は、SNS(Facebook、X)上のエンゲージメントデータを収集・分析した弊社のSNSデータベースです。専門アナリストが分析して示唆を出し、採用マーケティング戦略の立案、各種コンテンツ制作、実行までを一貫して支援します。

関口:SNSリサーチをして、学生さんの趣味・嗜好と当社が伝えたいコトのベン図を描いて、かぶった部分を採用ブランディングに生かすという点に共感しました。それに加えて、採用サイトのクリエイティブをはじめとするブランディングまでをやっていただけるというところ。今まではWebサイト制作、SNS運用と協力企業が複数に分かれていたんです。

当社も担当者が複数に分かれていたので、どうしても足並みが揃いません。なので、当社は僕が代表して旗振りを引き受けるようになりました。

ーー対するNo Companyは真野さんが窓口になられたということですか。

真野:はい。今、関口さんと僕の「考える方向性」はかなり近づいてきました。関口さんが考えていることに対して、タイムリーに「こういうアイデアがあります」というようにシンクロした提案ができるようになりました。

関口:僕は最初からアクセル全開でしたから……(笑)。いただいた提案に対して、好き勝手に「違います」なんて答えていたことを考えると、最初の数カ月、真野さんはかなりご苦労されたはずです(笑)。

真野:(笑)。「NO」をきちんと示してくださるクライアントはありがたいんです。「NO」がわかるということは、企業カルチャーやスタイルを理解することにつながります。

関口:毎週定例ミーティングを2~3時間、今でも行っていますね。

真野:そのミーティングでは、とことん話し合います。下手したら友人たちよりも会話しているはず(笑)。濃密な関係ですね。

ーーやはり採用という誰かの人生を左右する事業だからでしょうか。

関口:もちろんそうですね。それに加えて、人事は、5年、10年後に結果が出るという定性的な仕事です。妥協をすればいくらでも業務の負担を軽くできますが、突き詰めようと思えばどこまででも突き詰められます。

さらに、その採用予算は僕のかつての仲間である営業職が売り上げたお客さまから頂いた保険料から捻出されています。だからこそ、徹底的に考え抜いた上で、きちんと活用したいので、かなりこだわっています。

真野:この関口さんのスタンスが、僕たちNo Companyのスタイルと合っていました。僕たちの仕事も、妥協しようと思えばできてしまいます。言われたことにそのまま応えるのは簡単ですが「本当にこれでいいのか?」と考え抜くことを大切にしています。そうして提案したアイデアを真剣に妥協なく、検討していただいています。

新幹線改札内で掲出したOOH

ーーNo Companyが採用マーケティング、コンサルティングを行う際、どのような課題に取り組むことが多いのでしょうか。

真野:新卒採用に関しては、若い人たちがどんどん減っていくなかで、「優れた人材をどう獲得するのか」と競争が激化していく構造があります。

企業側は業界規模や待遇、学生側は学歴や資格といったお互いにとって表層的な条件をマッチさせての採用手法「スペックマッチ」がまだまだ主流です。この手法では、企業の価値観や独自性を候補者に伝えきることができず、入社してからのミスマッチが起こるリスクが高いという課題があります。

ーーたしかに「採用ミスマッチ」が若年層の離職率を高めているという話題は耳にします。

真野:従来のスペック、学歴などを尊重することを否定しませんが、それだけでは優秀な人材獲得は今後難航します。人口が減少することと、この入社後のミスマッチを踏まえて、No Companyでは企業と求職者の価値観を軸とした「スタイルマッチ採用」を提案しています。当社がスタイルマッチ起点で採用マーケティングを支援したケースで、エントリー数はおよそ120~250%向上しています。内定辞退率では、ある生命保険会社で15%の改善を示しました。

新幹線改札内で掲出したOOH

ーー地元LOVE&PRIDE特設サイトを拝見して、学生と目線を合わせながらも、三井住友海上のブランドイメージを損なわないイメージでした。

真野:そのトーンは、最初に議論を重ねたポイントでした。「Z世代」に向けて、イラストを多用した、フレンドリーな表現をすることもできます。しかし、コンセプトに「PRIDE」という言葉が含まれているため、キービジュアル(画像上)で表現したトーンを大切にしました。

関口:このサイトの構成をビールにたとえたら、PRIDEは泡で全体の3割ほど(笑)。誇れる仕事こそがPRIDEですし、首都圏だけでなく全国にあります。地方在住であってもキャリアを諦める必要はありません。そして全体の7割を占めるLOVEは、その土地が好きでないと、働いて貢献したいという想いは生まれない、ということを伝えたかったんです。

ーー職業や籍を置く企業への愛情はこれからだとしても、土地との縁や愛着は、まだ社会に出ていない学生たちにもすでに育っているものですね。

関口:LOVEを中心に置いたサイトにするために、当事者である各地の社員に委ねました。これまでは採用サイトに社員の記事を載せるとき、すべて人事部が仕切っていましたが、今回はあえて現場に任せて最終チェックだけを人事部が行う方法に切り替えました。

全国各都道府県の採用推進担当者と共に、各地・各所の画像を1位から5位ぐらいまで選び、どれが最も地元の魅力を伝えられるか一緒に検討しました。社員紹介ページで取り上げた社員も、人事部・採用チームからの指名ではなく、都道府県ごとに現場の社員に3人ずつピックアップしてもらって記事にしています。実は、写真撮影も職場の人同士で撮影してもらっています。

真野:あえてプロのカメラマンを派遣せず、当社にてスマートフォンでの撮影マニュアルを作成して、オンラインで各地の社員さんに向けた撮影説明会を複数回実施しました。こうして現場で働く社員の方々にもサイト制作に加わっていただいたことが、インナーブランディングにも寄与しましたね。

関口:間違いないですね! 当社は、「部支店主体経営」という、各部支店で主体的にその地域をどう盛り上げるか、という改革を別途行っています。採用活動も同じように、主体的に採用活動にも取り組んでもらうことで、この改革への理解や解像度がぐっと高まりました。

ーー紹介する社員の人選を委ねられて、従来とは違うタイプの方が登場されましたか?

関口:社員紹介ページには、採用チームだけでは人選できなかったであろう、個性的で「地元LOVE」な社員の方々が登場してくれています。普段、採用活動を主業務にしていない現場の社員たちにも「会社の良いところをきちんと紹介したい」という強い想いがあることが分かり、本当に嬉しいことでした。

真野:一方的に発信して、インナーブランディングを高めようとしてもうまくいかないケースは多くあります。その成功は、社員の方々に「意思」が生まれるかにかかっています。今回、現場の社員さんに委ねたことで、人事改革のコアになり得るHRブランディングにも波及したという手ごたえがあります。

ーーキャリア、人生をめぐる「LOVE&PRIDE」。普遍性のある強い言葉ですね。

真野:言葉の耐久性は意識しました。一過性、一時的だからこそパワフルな言葉はありますが、今後の入口として設ける施策だからこそ、定着する必要があります。

関口:当社の新卒採用コンセプトはもう20年くらい「向き合うから強くなる」という言葉を使い続けています。今、40歳ぐらいまでの全社員が、この言葉を胸に入社したという大切なものです。LOVE&PRIDEも浸透するように使い続けていきたいですし、「向き合う」という言葉も特設サイトでキーワードとして使っています。

夜行バス内に掲出したOOH

ーー空港や新幹線ホーム、夜行バス内に掲出した広告は、企業の改革が社会的にも影響を及ぼすことを念頭に置いたものだったのでしょうか。

真野:学生が年末に帰省するタイミングを狙っての掲出ですが、就職や転勤などで地元を離れて働く社会人への影響ももちろん視野にありました。誰が見ても、ちょっと「気づき」があることを意識しました。就活生がサイトを訪問してその企業を知るだけでなく、より多くの人に見てもらうことによって、世の中にもより良い影響を与えられるのではないかなと。

関口:「東京だけが全てじゃない」ということをぜひ知ってもらいたいという想いですね。

真野:はい。最初にプロジェクトのオリエン(テーション)を受けた時、三井住友海上さんがこういった人事改革を行う背景に、世間でのバイアス、思い込みを覆したいという想いを感じました。

みんなが働きやすい社会が広がる取り組みですし、僕たちNo Companyが理想とする「スタイルがいきる社会」ともシンクロします。交通広告を活用したことで、共感してくださった方が多くいらっしゃると信じています。

(後編・了)
(取材・文 服部真由子)

インタビュイープロフィール

関口 裕紀(せきぐち・ひろき)
三井住友海上火災保険株式会社 人事部 採用チーム兼人事改革推進チーム課長代理


企業営業を6年間経験し、グローバル保険プログラムの構築などにも携わる。2022年4月から現職。趣味はゴルフ。

真野雄平(まの・ゆうへい)
株式会社No Company ビジネスプロデューサー/マネージャー


映像制作会社、デジタル広告会社を経て、No Companyにて採用/HRブランディングのプロデューサーを務める。本施策では全体統括/戦略設計/プロジェクトマネジメントを担当。猫がとても好きだが犬を飼っている。

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