交通広告から社会を知るーー金融保険業大手の変革宣言広告と背景を担当者に取材|前編

2024年末から新年にかけて、多くの帰省客が行き交う空港、新幹線の主要駅、夜行バス内に、ある企業の人事採用変革を告げる交通広告が掲出されました。

損害保険会社大手である三井住友海上火災保険株式会社(以下、三井住友海上)が、企業変革の1つとして行う「地元LOVE&PRIDE」と名付けた新卒採用プロジェクト実施を宣言したこの広告。

2026年卒の就活生を対象に、初任地を選べる「配属地確約」という採用手法を新たに導入することを伝えます。また、同社は2025年4月から人事異動運営を刷新、管理職を含む全国のポストへ何度でもチャレンジできるようにします。同時に、人事改革の成功には全国の地方拠点がカギになるとして、「地元LOVE&PRIDE」を知らしめる特設サイトを公開しました。

同社が財閥の冠を2ついただく金融・保険の大企業だとはいえ、就活生や従業員をターゲットとするべき新卒採用や社内人事をめぐる取り組みをOOH展開して、広く知らしめようとしたことには、どのような意図があったのでしょうか。

前編では、三井住友海上人事部・採用チームの関口裕紀さんに、この施策の背景となる自社の課題や変革をうかがいました。

※前後編の前編。後編は3月5日12:00に公開します。

ーーまず、新卒採用をめぐる課題についてうかがえますか?

関口:時代の変化と人口減少、少子高齢化が進んだことで「福利厚生が手厚く、給与も高い大企業です」と構えているだけで、優秀な人材が集まるとは限りません。

僕は31歳ですが、「大企業に入社して、定年まで勤め上げたら人生勝ち組」というような固定概念が揺らいだ世代の1人です。ベンチャー企業に新卒入社した、とても優秀な同級生もいますし、転職という選択が当たり前になったということを実感しています。新卒採用のみならず、人事領域での改革は時代が求めていることです。

ーーどのような改革が求められているのでしょうか?

関口:従来は、当社でも大手金融機関では一般的な全国各地に転勤する全国転勤型の社員と、転居転勤のない地域限定型の社員に分かれていました。このような従来型の人事制度では社会や時代のニーズに応えられなくなってきたため、社員自身が勤務地を自由に選択でき、転居転勤の有無ではなく社員のスキルに応じて処遇が決まる新たな人事制度の導入を目指し、現在も社内でさまざまな議論を行っています。

この改革に伴って、全社員にどこで働きたいかを調査したところ、東京・大阪・名古屋といった大都市への要望が多く、中長期的に地方拠点の人員確保が課題であることが浮き彫りになりました。

「その土地で働きたい」という優秀な人材を全国各地で採用し、10年後、20年後にはその土地の中核人材になっていただく、そんな当社の未来を創るために、配属地確約採用を大々的に打ち出しました。働く人それぞれのスタイル、それぞれが愛する地元で働くことができるようにします。

ーー大企業、なかでも金融・保険業に勤めた人が、避けて通れない転勤の仕組みを改変する必要があったのですね。

関口:はい。たとえば東北エリアには、各県で働く地域限定の社員がいます。これからは公募制での異動がベースになるため、地元を愛する社員が、キャリアアップのために東京本社などへ一定期間異動してスキルを高め、地元へ戻るようなキャリアイメージを描いています。

これは、人事改革について社内で議論を重ねるなかで、生まれました。その地域で育った人材が、その地域の要職に就く、そんな会社を目指しています。

この、地元LOVE&PRIDE特設サイトで紹介している東京の事例は、全国各地から公募制度を利用して本社へ異動した社員を取り上げていて、彼らはまさにこのイメージを体現しています。

ーーキャリアアップのためには実地で学ぶ必要があるんですね。

関口:役職者には、多様な経験が求められます。社員自身のライフイベントとの兼ね合いを考えながらも、1つの土地だけではなく複数、又は東京本社での勤務経験などを経て、キャリアアップして貰いたいと考えています。

ーー旧態であれば、転勤辞令は希望しない職種や地域でも従わざるを得ない。1度断ってしまったらその後のキャリアに影響を及ぼすものですよね?

関口:おっしゃる通りです。そしてこれまでの転勤辞令は、人事が全てコントロールしていました。今後は、公募による異動の比率を高めていきます。当社は「ポストチャレンジ制度」と名付けた公募制を導入しています。大まかな流れは、8月に募集を開始して、書類選考を実施します。その後、受け入れ側の部署の管理職と面談をして、合格であれば転勤が決まるという仕組みです。

選考にもれた方や、人事担当が「この部署を経験してほしい」と望む方のフォローも行うので、100%希望通りの異動が叶うというわけではありませんが、1つの部署で平均4年間経験することで、次のステップにチャレンジするイメージです。

ーー導入して、どのような変化が生まれましたか?

関口:自分が「行きたい」と思う部署(ポスト)に手を挙げることができるようになった、これは大きな変化でした。異動に対して前向きな気持ちになった社員が増えたように感じます。ただ、裏を返すと「落ちる」リスクがあります。公募制を導入したことで理想とのギャップに悩んだり、モチベーションが低下したりというデメリットも少なからず考えられます。ここに対しては、人事部が丁寧にフォローしていく必要があると考えています。

また、受け入れ側の部署も、部署の魅力を発信できなければ、募集をしても人が集まらないという危機感が生まれています。全国各地の部署で、より魅力的な職場に改革しなければ、という機運が高まってきていると思います。

ーー今後はフォローアップ体制が必要だとお考えなんですね?

関口:公募制が拡大してまだ1~2年です。たとえば今後公募制で希望通りに異動できなかった社員の退職率が高いという結果をもし仮に招いた場合には、別の手立てを打つことになるかもしれません。2025年4月から正式に人事評価制度が変わるので、その改革とあわせてどのような変化が生じるかを注視していく必要があると考えています。

新幹線改札内で掲出したOOH群

ーーそんななかで特設サイトを公開して、どのような反響を得られましたか?

関口:サイトがオープンして半年経ち、広告も配信して閲覧数は順調に増え、新聞・雑誌・テレビからの取材オファーをいただいています。就活生からの反響という点は、今後内定者が出てきてから調査してPDCAを回していくつもりですが、まだ弊社のオープンチャットとかに「LOVE&PRIDE」という言葉が出てきたことはなくて、正直まだまだかな……。もっともっと盛り上げていかなければと思ってます。

ーー昨年度までの新卒採用プロジェクトはどのように実施されていたんでしょうか。

関口:就職情報メディアが主催する合同説明会や、大学の説明会に参加していました。とはいえ、先日の調査では、当社内定者で合同説明会に参加したという人は半数以下という現状です。また、コロナをきっかけに、大学との繋がり、接点が減ってしまいました。

そうなると、三井住友海上を知ってもらうことが難しい。学生さんたちとのタッチポイントとしてSNSや広告に注力することを決めました。このサイトでは、社員の私生活や地元への愛、今後目指すキャリアなど、「スタイル」の部分を取り上げています。

ーー就職活動が正式に解禁されてからの効果測定が楽しみですね。社内からの反響はいかがでしたか?

関口:実は、社内イントラネット上ではすでに全拠点の社員が交流できるようなサイトがあるんです。特設サイトはそれよりもポップで、写真もいっぱい掲載されているので、上席からは「こっちのサイトも社員に見て貰って、全国の拠点の魅力発信に活かしていきたいね!」という声をいただきました。就活生に向けた内容なので、社員なら「もう知ってる」という話も多いという点は否定できませんが(笑)。

ーー中長期を見越したプロジェクトのようですが、これからさらに発展する予定はありますか?

関口:日本国内の全国各地で働く人を増やすことも重要ですが、海外展開を加速させて行きます。当社は利益の約半分が海外拠点のもので、すでに海外駐在員が世界各国に270人ほどいます。今回は、日本国内向けの採用サイトを「日本地図」を用いて制作しましたが、今後は、日本国内に限らずグローバルに活躍する人材に向けた採用ホームページ、要するに「世界地図版」を制作し、情報発信していくことも考えています。

(前編・了)

続く後編ではこの施策のクリエイティブまで含めて伴走する、採用マーケティング企業・株式会社No Company(博報堂グループ)の担当者・真野雄平さんにも同席していただいてお話をうかがいます。

(取材・文 服部真由子)

インタビュイープロフィール

関口 裕紀(せきぐち・ひろき)
三井住友海上火災保険株式会社 人事部 採用チーム兼人事改革推進チーム課長代理

企業営業を6年間経験し、グローバル保険プログラムの構築などにも携わる。2022年4月から現職。趣味はゴルフ。

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