カンヌ受賞 名刺アプリ「Eight」の100人名刺交換動画–ベンチャー企業がクリエイティブに力を入れることで生まれるもの

Case: Eight:Business Cards
Interview & Text : 市來 孝人

話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、Sansanが手がける個人向け名刺アプリ「Eight」のムービー「Eight :Business Cards」を取り上げます。この動画は”スマートすぎる名刺交換”というテーマのもと、2人から20人まで、人数が増えてもスマートかつ美しい名刺交換を実施。人数が増えるにつれて複雑化しつつも、さまざまな方法でテンポよく名刺交換を行います。最後には100人同時の名刺交換に臨むのですが…。

スマートな名刺交換という機能を訴求したこの動画は今年のカンヌライオンズ フィルム部門でブロンズライオン、The One Showでシルバーペンシルを受賞しました。今回のインタビューでは、なかなか日本の作品が受賞しづらいカンヌライオンズのフィルム部門での受賞に至った経緯や、ベンチャー企業とクリエイティブの関係について、株式会社もり クリエイティブディレクター 原野守弘さん、Sansan株式会社 ブランドコミュニケーション部 部長 クリエイティブディレクター 田邉泰さんにお話を伺いました。

その会社の”地声”に沿って表現する

—まずは、この動画を制作されたきっかけについて伺えますか?

田邉:Eightでは2012年のサービス開始以来、Web広告の配信や地道な啓蒙活動など、様々なマーケティング施策を行ってきました。順調にユーザー数は伸びていましたが、もっと「Eight」の世界観を多くの人に伝えられるような「伸びしろ」のある施策はないだろうかと、日々議論を重ねているような状況でした。いろんなアイデアが挙がる中、名刺を起点にビジネスの出会いを変えていく「Eight」ならではの世界観を、圧倒的なクリエイティブで表現できたら、何かが変わるんじゃないだろうか?と考えたことが、ことの始まりです。

本当に偶然なのですが、そんな時期にたまたま原野さんと弊社代表の寺田が出会う機会があり、クリエイティブの力で「Eight」をひとつ上のステージに押し上げられるんじゃないかと、すごくワクワクしたのを覚えています。

原野:最初に寺田さんにお会いしたのは何かのパーティーだったと思うのですが、名刺管理のサービスをやっているという話をされていて、なんて地味な会社なんだろうという第一印象でした(笑)。

しばらくして「Eight」の話を相談された時には、「これは、面白くなるな」という実感がありました。サービス自体の面白さもそうですが、一見地味だからこそ、クリエイティブ次第で大きな変化を見せられる可能性がある。オリエンを受けている段階で、名刺交換をダンスで表現するというアイデアは思いついていましたね。

—制作段階では、双方で話し合いながら進められたのでしょうか?

原野:今回はほぼ任せてもらいました。任せてもらえる方が結果的に、一番いいものが作れることが多いですね。もちろん会社さんにもよりますが、以前Hondaと手がけた、OK GoのMV「I Won’t Let You Down」は完成するまで見せないという条件で提案していました。

田邉:誰にでも任せるというわけではありませんが、原野さんは特別でしたね(笑)。実際に会ってお話している中で、私たちが「Eight」で実現したい世界観や大切にしている価値観みたいなものをすぐに掴んでくれて、同じ目線で見てくれているのを感じました。

本当に信頼できるクリエイターというのは、そういう感覚的なものも含めて本質を捉え、しっかりと表現できる人だと思います。制作途中のものも見せてもらっていましたが、不思議とズレを感じなかったので特に細かい注文はしませんでしたね。

[メイキング動画より]

—今回の動画のこだわりについて、改めて教えていただけますか。

原野:広告は、そのクライアントやブランドの持っている「地声」で語られることが大切だと思っています。「Sansanらしい」「Eightらしい」表現になっていることが重要です。例えば、Sansanは会社に行くといろんな人が元気に挨拶してくれて、雰囲気がとてもいい。そういった企業文化から、活気のある爽やかさを感じる表現に至るのです。また、ソフトバンクなら孫正義さん、Hondaなら本田宗一郎さんのように、企業ブランドは創業者の人格そのものの影響が強く出ます。今回は寺田さんとも直接会話していたので、創業者からも社員からもSansanの「地声」をよく聞くことができました。

外国人キャストを起用したのは、海外での拡散を狙っていたというよりは、Sansanという会社がグローバルでユニバーサルな価値観に基づいて運営されているということの表現。そういうことは、わざわざ言葉にしなくても映像から伝わるものなんですよね。

”変わった国の変わった習慣”は日本人が見ている以上に面白い

—当初からカンヌに出品しようというお話はあったのでしょうか?

田邉:そうですね。動画ができあがった段階から「これは良いものができた」という手応えを感じていたので、広告賞のような日の当たる場所に置いてあげたいという気持ちはありましたね。

—カンヌライオンズ受賞前の手応えや現地での反応について聞かせていただけますか?

原野:これまで何度かカンヌで審査員をさせていただきましたが、昔一緒に審査員をやっていたクリエイターに会うと「Eightの動画、いいね」と褒めてもらえたんです。仮にお世辞が4割ぐらいだったとしても、これだけ言ってくれるのであればチャンスはあるなと思っていました(笑)。

ただ欧米とアジアでは映像表現のスタンダードが大きく違うので、日本発のものでフィルム部門を受賞するのは非常に難易度が高い。実際に受賞できてよかったなと思います。

[カンヌでの様子(原野氏提供)]

—日本の名刺交換の文化をポップに表現した動画ということで、海外から見た面白さ、という面もあったのでしょうか?

原野:日本という国はクレイジーな国・変わった国と思われているので、「変わった国の変わった習慣」ということで日本人が見ている以上に面白いのだと思います。実はこの動画、中国で信じられないくらいバズりました。WeChatというアプリの中で誰かが共有してくれたことがきっかけなのですが、全く意図しない結果でしたね。彼らも日本に近い文化を持っているし、ああいった音楽が好きだから受け入れられたのかもしれません。

さらに、この動画がOK GoのMVや、「森の木琴」を作ったクリエイターと同一人物だということが話題になったようで、「この動画を作った人の話が聞きたい」と深センで行われたデザインの一大イベントに、日本代表として呼ばれたこともありましたね。

最初の時期にブランドの角度をどう設定するか

—ベンチャー企業が、著名なクリエイターを起用してクリエイティブに力を入れるという例はまだ多くはないと思いますが、どのような点があると進めやすいでしょうか?

田邉:企業側としては、クリエイティブの力を信じているかどうか、というのが本当に大事なポイントだと思います。「いいものを作りたい」というのは、口ではなんとでも言えるのですが、本気でそれに向き合うというのは、非常に難しいことです。目の前の数字であったり、様々な事情に振り回されるなんて話をよく聞きますが、それでも腹をくくって信じてやりきるというのが、企業側に求められることかなと思います。

原野:今回は、DELTOROの坂本政則さんと一緒に、この動画だけではなく、Webサイトやアプリのデザインも含めて提案させていただきました。ローンチしてから数年経っている「Eight」は、名刺管理サービスとSNSサービスという2つの面を持っているため、それを一度整理したという感じなのですが、意外と社内だけでは難しい場合が多い。外部のパートナーだからこそ提案できる部分なのですが、そこを信じてくれるというのはありがたい話です。

コミュニケーションは動画を作ったらどうにかなるものではなくて、プロダクトが一番大事だと思います。プロダクトのUI/UX、Webサイトがあって、その表紙として動画がある。総合的であることが重要なので、今回のように意思決定のできるリーダーと一緒に進められるのはとても良いことだと思います。

[メイキング動画]

—最後に、ベンチャー企業とクリエイティブという関係性について、振り返っていただけますか。

田邉:そもそもベンチャー企業が一流のクリエイターと出会う機会はほとんどないので、その二つがパートナーとして仕事する例はあまりないかもしれませんが、これまで私たちが言葉にしきれなかったことや「Eight」の目指す世界観が、今回の動画によって端的に表現されたことで、「Eight」だけでなく会社全体として大きな変化があったように思います。実際に採用のシーンでも「この動画を見て好きになった」という嬉しい声を聞くようになり、会社のステージが変わったなという印象があります。

これまではいわば販促目的のものが多かったのですが、よりブランディングに舵を切って、世の中から「いいな」と共感されるものを作ったのは間違いじゃなかったなと感じています。
自分たちの世界観を世の中に広く伝え、共感を得る手段として、クリエイティブはベンチャー企業にとって、大きな武器になると思います。

原野:クリエイティブ側からすると、実はこういった将来性のある会社と最初の段階から組むことが、一番やりたい仕事と言えますね。例えばNikeとワイデン+ケネディのように、両方の会社が起業した時期に一緒にやり始めて、一緒に夢を見ながら大きくなっていく。これはクリエイティブとしては憧れる人生ですよね。

アップルのスティーブ・ジョブズが言っていましたが、ロケットは最初の打ち上げ角度の微妙な違いで、最終的にはかなり違う場所へ行ってしまう。ブランディングも、この最初の時期の発射角度をどう設定するか次第で、最終的な到達点に大きな結果の違いを生みます。ですから、それができる仕事は非常にありがたいです。

株式会社もり クリエイティブディレクター 原野守弘さん

Sansan株式会社 ブランドコミュニケーション部 部長 クリエイティブディレクター 田邉泰さん

ランキング

最近見た記事

最新記事

すべて見る