ニューヨークの電話ボックスがWi-Fiスポットに生まれ変わる「LinkNYC」。街にとけ込むデザインの秘訣とは
Case: ニューヨーク市+CityBridge「LinkNYC」
話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。今回は海外の事例を取り上げます。
ニューヨーク市とCityBridge(テクノロジー・通信・広告など様々な分野のエキスパートを集めた民間のコンソーシアム)により2015年に開始予定の「LinkNYC」プロジェクト。既存の電話ボックスを、Wi-Fiスポット・モバイルの充電ステーション・市の情報にアクセス出来るタッチパネルなど、様々な機能を持つ「Link」へと置き換えます。様々な広告を表示するデジタルディスプレイも備えられ、広告媒体としての側面も持ちます(「LinkNYC」は広告収入のみで運営される予定)。
このプロジェクトに「Link」のデザインという形で関わっているのが、Antenna Design New York Inc. 宇田川信学さん。そのデザインのこだわりについて、宇田川さんにお話を伺いました。
街の風景の一部として、少なくとも15年間立っているー「公共感」を大事にしたデザイン
—このプロジェクトに携わることになったきっかけは。
ニューヨーク市の歩道は(電話ボックスを含め)市が管理しているのですが、その歩道を貸し出す見返りとしての使用料と広告収入の数%を市が受け取るという仕組みになっています。今回その活用方法について、市がいくつかの事業者に提案を募ったわけです。そこで、幸い僕らの関わっている事業者が選ばれたのがきっかけです。元々、僕らがその(選ばれた)「CityBridge」というジョイントベンチャーと関わったのは、地下鉄の駅構内の「On the Go」というタッチスクリーンのキオスクがきっかけです。このキオスクの本生産前、パイロットプロジェクト向けにハードウェア、インターフェースなどのデザインを僕らが担当しました。
—電話ボックスの活用ということですが、現状、ニューヨークで公衆電話を使っている人はいますか。
ほとんどいないですね。公衆電話はこれまでも15年間ごとにその電話ボックスを管理するフランチャイズと呼ばれている契約があり、今回もその契約の満了のタイミングということでコンペがあったのですが、これまでの事業者も電話ボックスのメンテナンスはするものの、どちらかといえば周りを広告枠にしてそこにポスターを張ったりして収入を上げるというほぼ「広告塔」としての役割のみになっていました。このままでは市民に対するサービスとしては良いものではないということで、今回電話ボックスの活用法を一から考えましょうということになりました。
—宇田川さんはこの新たな設備のデザインを担当されていますが、デザインの狙いについてお聞かせ下さい。
街の風景の一部になり、少なくとも15年間そこに立っているという点が大きいですね。それなりの佇まいがないといけません。数年経ったら古くなってしまうようなデザインではいけないですし、よく”Civic”という言葉を使いますが、「公共感」が大事ですね。(この設備の運営を)広告収入を全てまかなうということで、広告塔としての機能が大事になってくる一方、広告塔に見えてしまってはデザインとしては失敗だなと。いかに、「広告を出しているけれども、ニューヨークの人々に対するサービスを提供しているんだよ」という点をデザインで表現しようとしました。
広告用のディスプレイが両面に大きくついていて、その間の細い面に、ユーザーが使うタッチスクリーンがあります。そこだけを斜めにすることで、その細い面が「この面が正面ですよ」と見えるようなデザインにしました。
また、市からの要望のひとつとして最大寸法も決まっていました。その中にどう収めるかということと、ニューヨークは東京と違い人々が「荒い」ものですから(笑)、壊れにくく、ひっかかれたりされても傷つきにくいようにという点も念頭に入れました。
—設置の数と場所は。
全部で一万台くらいになるそうです。設置場所は、既存の公衆電話の場所をほぼ踏襲する形になると思います。というのは、その場所にすでに電気と通信回線が通っていますから、新たに配線を大掛かりにする必要が無い、と。
—実際に広告が表示されるディスプレイはどのようなものですか。
55インチのテレビみたいなものですね。ただ外で使うので既製品ではなく、日中でもしっかり見えるようなものにしなければいけません。また市からの要望事項として、液晶のディスプレイではあるもののあまりアニメーションは使ってはいけないということになっています。あまり動きがあると目立ち過ぎるというか、運転している人にとっても気が散って危ないと。基本的には静的な画面が少しずつ変わっていく、スライドショー的な感じになる見込みです。
—広告を出稿する企業はどのように決まるのでしょうか。
スタートとしては、既存の(電話ボックスを扱う)クライアントのネットワークがそのままということになるのではないでしょうか。(既存の広告では)映画の広告も多いですし、ファッション、香水なんかもありますし、いろんなコンシューマー向けの広告が想定されますね。またNY市が使える枠も一部取っているようなので、その枠を活用して公共的なインフォメーションもするようです。
—今後のおおまかな予定をお聞かせ下さい。
ちょうど今月正式に認可がおりて、実際に動き出すところです。来年の春くらいにはワーキングプロトタイプを出す予定ですが、実は今回の入札のスケジュールが非常にタイトでして、エンジニアリングの部分はこれからなんですね。このあとデザインコンセプトは出来るだけ変えずに、実現に向けてエンジニア達と一緒にやっていきます。あくまで現時点での予定ではありますが、来年夏までには何十台か登場し、来年中には100台単位で導入されるのではないでしょうか。
ニューヨークに拠点を置く宇田川さんが考える「NYらしい」デザイン
—ちなみに宇田川さんは、ニューヨークに拠点を置かれたのはいつからですか。
1997年からなので、もう17〜18年というところです。
—これまでニューヨークで携わられてきたプロジェクトで、印象深いものといいますと。
地下鉄関係が印象深いですね。ニューヨークに引っ越す前はサンフランシスコで、アップルでラップトップやハンドヘルドなどをデザインしていたのですが、ニューヨークに来てはじめて公共的なものに携わるようになりました。券売機や車両のデザインなどに携わらせて頂いて、随分といろんな勉強が出来て印象に残っていますね。西海岸はやはり車社会なものですから、公共交通機関もそこまで発達していないし、街を歩くということはそこまでないですよね。ただニューヨークは地下鉄も歩道も、多種多様な人が使う。そういった街の環境に基づいた文化がニューヨークにはありますね。
—そんな「ニューヨークらしい」デザインとは、どのようにお考えですか。
違和感がない、いろんな人から好かれる、といいますか、公共物のデザインの目標の一つとしては「出来るだけ多くの人に愛着を持ってもらう」「自分たちのものなんだという意識を醸し出す」デザインですね。そのためには、出来るだけシンプルでさり気ないけれど、ユーザーに対する心配りがされていることが大事だと思います。誰かに押しつけられたようなデザインだと、壊してやろうかとかいたずらしようかとか、そういった対象になりやすくなりますから。使い勝手が良く、生活にすんなり溶け込むようなものは、大事にされると思います。
例えば、ここ数年オフィス家具のお仕事もしているのですが、家庭で使う家具と違ってオフィスの中で使う家具は自分でお金を出して買ったものではないですよね。とすると、地下鉄(のような公共物)と似たようなところがあって、例えば仕事が上手くいかない時に八つ当たりされたりするのです。ですから、ここでも与えられたものではあるけれども、自分のものとして大事に使ってもらえるようなものを目指すわけです。
【Interviewee】
Antenna Design New York Inc.
宇田川信学さん
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