代理店クリエイターが出版社に自主プレし実現 対話を通して子供と議論し本音を引き出す本『どう解く?』
Case:『答えのない道徳の問題 どう解く?』
話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。
今回は株式会社ポプラ社から3月23日に発売となった、対話を通して子どもの本音が引き出せる本『答えのない道徳の問題 どう解く?』を取り上げます。実はこの本、エージェンシーのクリエイター3人が中心となって企画したものなのです。
2018年4月から全国小学校で「特別の教科 道徳」がスタートする中、子どもたちの話す力、考える力を伸ばす対話の一助になることを目的に出版されました。
株式会社 ポプラ社から、児童書出版局 幼児編集部 部長 花立健さん・児童書出版局 幼児編集部 チーフ 仲地ゆいさん・営業局 児童書営業企画部 部長 平瀬律哉さん・営業局 宣伝マーケティング部 部長 松田恭子さん。企画をポプラ社に持ち込んだ株式会社 博報堂 コピーライター 山﨑博司さん・TBWAHAKUHODO シニアアートディレクター 二澤平治仁さん・TBWAHAKUHODO アートディレクター 木村洋さん、PRを担当するTBWAHAKUHODO PRプラナー 小林秀行さんに、この書籍のアイデアが生まれ、形になるまでの過程について、話を伺いました。
いじめを「よくない」と言う機会はあっても、「なぜよくないのか」を考える機会がない
―まず、企画が立ち上がった経緯を教えていただけますか?
山﨑:構想には三年かかっています。全員父親で子供がいる二澤平と木村の三人で、「いじめなどの社会問題がある中、子どもたちが成長したときに不安だよね、何かできないか」元々はそんな話をしていました。
いじめは「よくない」という話があっても「なぜよくないのか」を考える機会がありません。そのような問いかけをして考える機会を作ることができないか話し合っていた時に、「これは本にするのはどうか」という案が挙がり、その後ポプラ社さんと知り合うことができ、形になりました。
ポプラ社さんには最初、出版される本にも含まれている三問程度の問いかけと、なぜ必要か、なぜやりたいのかという点を示した企画書を持っていきました。
花立:幼児編集部として、いつもは赤ちゃんから小学二年生ぐらいまでを対象にした本を作っています。このお話をいただいた時は言葉とビジュアルがこれまでの児童書にない手触りで、とても面白いなと思いました。
ただ、この企画を道徳という教科と紐付け、子どもたちが読んでくれる本にしようとすると色んなバランス感覚を持ってやらないといけないなとも思ったのが、第一印象でした。
―「いじめ」などの13の問いかけについては、どのように決めていったのですか?
山﨑:僕らで「こういう問題はどうか」という提案もありましたが、大きかったのはポプラ社さんからも今の子どもたちのニーズを踏まえた「何か好きか」「どういう問題に関心があるか」という意見をいただいたことです。
さらには、子どもたちが興味のあることということを第一前提にしつつ、働き方改革やLGBTなど、今の社会における大きな枠での課題・問題なども含めていきました。
仲地:小学校の道徳の授業を見に行き、実際にどういうことを学んでいるかを視察しましたし、司書さんにも普段子どもたちが何を気にしているかヒアリングを重ねました。
花立:やはり(子どもたちのいる)現場にいる方は「子どもたちはこういう風に考えていて、先生はこう教えているんだ」という点を捉えています。また、本の企画についても「すごくいい」という反応があって自信にもなりました。
山﨑:ポイントは、本の前半に問い、後半に「考えるヒント」という構成にしたことです。この点に関しては相当議論しました。
もともとは問い一つに対してヒントが出てくるという案もあったのですが、これでは答えがすぐ載っているように見えてしまいます。やはりこの本は、話し合ってもらって考えてもらうためのもの。そのためヒントは後半でまとめることになりました。
―様々な著名人の「考えるヒント」が記されていますが、人選はどのように決めていったのでしょうか?
仲地:前提として「子ども達に語れるメッセージを持っている人」という点があります。
花立:「児童書らしい」人に偏らないよう、幅広さを意識しています。
小林:実は、答えを考えに考えた末「子ども達のために私が意見をいうのは難しい」とポジティブに辞退してくださった方もいるほど、皆さん真剣に考えてくださっています。
広告の作り方と、本の作り方の違い
―イラストや、文字数が研ぎ澄まされたテキストなど、洗練された仕上がりとなっていますが、デザイン面でこだわられた点はありますか?
木村:例えば「うそ」について、閻魔様が舌を引っこ抜くようなイラストで表現するなど、重い雰囲気にはならないようにしています。テーマが重いものもあるので、子どもたちが見ても楽しいイラストとは何か、必死で探しました。
二澤平:広告は「できるだけ情報を省く中で価値ある情報をいかに入れるか」「シンプルなコピーで伝える」という仕事ですよね。本は真逆なのですが、そこが面白いところでもありました。最終的には「いい意味での余白感」を意識しています。
仲地:本という体裁では「突っ込んで、掘り下げて、言葉でも、量でも見せたくなる」ものです。つい面白いと思うとそこを掘り下げようするあまりに様々な要素を足そうとしたこともありましたが、企画を最初に面白いと思ったときに感じた「スパッとした」イメージに立ち返りました。
花立:途中、仲地が「(当初の企画の)キレ味をそいでいくのはやめましょうよ」という話をしたんです。
仲地:当初はシャープでスタイリッシュなこの本に子どもがついていけるか不安ではありました。でも小学生に実際に見せて見ると、みんな「かっこいい」と。保護者の方も「おしゃれで今っぽい」という反応でした。「児童書ってこういうもの」という固定観念があったのかもしれません。今の子どもたちはビジュアルが気に入らないと本当に手にとってくれないので。
小林:営業の皆さんも「書店に並んだときにどう売れるか」「図書館の担当の方が買ってくれるかとか」という目線から様々な意見をくれたんです。
平瀬:この本をどういった家庭に届けるかというところを思い浮かべながら、議論はかなりしました。このままでは一見シンプルでおしゃれなので「教育意識が高い人だけに向けた本」という風に見えがちですが、そうではなく「この本があれば自然に話をできる」というイメージで幅広い家庭の方に手に取ってもらえるように、POPや帯などを考えていきました。
松田:今は子どもがアプリを使う家庭も増えていますが、アプリでは一人遊びになってしまう場合もあります。本の場合は「もの」があるので、一緒にめくったり読んだりできることが強みです。そういったコミュケーションツールとしての本、という議論は社内でもよく出る点です。
この本を通して赤ちゃんの頃絵本を通してできていたような体験が、成長した小学生の家庭でもできるようになれば良いなと思いました。
二澤平:子どもと一緒の空間を作るというシチュエーションで、本は最高のデバイスかなと思っています。
詰問ではなく、子どもと親が意見を交わしあえる
―どういうシチュエーションで、この本を読んでもらいたいですか?
山﨑:基本は家で、親子で読んでもらいたいですね。先行体験してくださった方は「これがあれば子どもの意見も聞けて、親の意見も言えて、意見を交わし合える」という点に手応えを感じてくださいました。ゆくゆくは学校の中でもそういった場が開かれたらいいなと思います。
私も、今子どもが4歳になるのですが、「自分も、子どもが小学校になったときにやりたい」という思いで作ってきました。
仲地:「いじめられてない?」と聞かれると「いじめられてないよ」というコミュニケーションで終わりますが、「この本に書いてあること、どういう風に思う?」とワンクッション挟む形で質問すれば、詰問されてるわけでもないですし、いい距離感で語り合えますよね。
―今後の展開拡大も予定されていますか?
小林:一部の教育委員会にもご意見をうかがっています。この本をフォーマットとして、授業などでも使ってもらいたいですね。
下段左から TBWAHAKUHODO アートディレクター 木村洋さん、株式会社 博報堂 コピーライター 山﨑博司さん、TBWAHAKUHODO シニアアートディレクター 二澤平治仁さん
3