性的同意って、知っていますか?——SRHR for JAPAN、性をめぐる問いかけをOOHで展開【前編】
2025年8月、東京・渋谷に突如現れた「性的同意チェック」のOOH。これは、渋谷の街をあたかも“試験会場”にした「SRHR for JAPAN」キャンペーンの一環でした(くわしくはこちらから)。

この広告を仕掛けたのは、国際NGOプラン・インターナショナルが主体となるプロジェクト「SRHR for JAPAN」。性と生殖に関する健康と権利(SRHR)をテーマに、あらゆる世代に向けた性教育の啓発を目指すというこのプロジェクトは、その広告表現にどんな工夫を凝らしたのでしょうか。プログラムマネジャーの長島美紀さんにお話をうかがいました。
前後編の前編、後編はこちらから
──まずは「SRHR for JAPAN」というプロジェクトについて教えてください。
長島:SRHR for JAPANは、プラン・インターナショナル(以下、プラン)が主体となって進めているプロジェクトです。プランは、世界80カ国以上で活動する国際NGOで、とくに若い女性の支援に力を入れています。その活動のなかで、SRHR(Sexual / Reproductive Health and Rights・性と生殖に関する健康と権利)というテーマを重要視しています。
──SRHRは、まだ日本では馴染みが薄い言葉のようです。
長島:そうですね。日本では体系的な性教育がまだ十分に行われていません。性教育というと、性行為のHow toのように捉えられがちですが、まずは人間関係の築き方や、相手を思いやる気持ち、尊重し合う関係性を学ぶことが大切です。性の話に置き換えるならば、「性暴力の被害者にも加害者にもならない関係」を築くことが目的です。
また、身体が変化する更年期。更年期離職などが女性特有の問題のように取り沙汰されますが、男性にも起こる変化です。けれども、更年期を迎えるにあたって心身にどのような変化が生まれるのか、その心構えを正しく学ぶ機会はほとんどありません。そのほかには、結婚をするのか、子どもをもつのか……SRHR for JAPANは、さまざまなことを包括的にとらえて、2028年までおよそ4年間かけて性教育を推進していこうというプロジェクトです。

──性教育という言葉からは、若年層向けの取り組みという印象を受けますが、必ずしもそうではないということですね。
長島:はい、若者だけでなく、すべての世代が対象です。このプロジェクトは、シャネル財団の支援を受けていて「1億人のためのSRHR」という考え方がベースになっています。ジェンダーに関係なく、LGBTQの方や障がいを持つ方も含めて、みんなで学んでいこうという姿勢です。
──SRHRと従来の性教育とはどんな点が異なるのでしょうか。
長島:日本では、性教育が「おしべとめしべ」のような生物的な話で学ぶことがほとんどで、人間関係の教育とは切り離されていました。一方で、少しずつ新しい取り組みが始まっていて、私たちもそうした事例をWebサイトなどで紹介していきたいと考えています。
私たちは「How to Sex」を教えたいわけではありません。むしろ、その性教育はもう終わっていい。大事なのは、相手との関係を学ぶこと、自分の命を守ること、安全を守ることであり、誤解をどう払拭するかが今後のポイントだと思っています。
──渋谷でOOH広告を展開された理由を教えてください。
長島:1億人のため、と言いましても性をめぐる問題の当事者はやはり若者です。恋をして、お付き合いを始めるタイミングで性的同意について考える機会が増えます。渋谷は若者が集まる場所であり、フラットに受け止めてもらえる場所だと考えました。
同時に、新宿も候補に挙がっていました。駅の乗降者数は新宿の方が圧倒的に多いのですが、少しシリアスになりすぎる印象があり、最終的に渋谷を選びました。
──「性的同意」を最初のテーマに選んだ理由は?
長島: 親密な人間関係のなかで、性的同意はとても重要なテーマです。たとえば「YES・NO枕」、これは叶姉妹のポッドキャスト(Spotify.で配信される「叶姉妹のFabulous World」)でも以前トピックになっていたのを聞いたことがあります。
パートナーへの意思表示に枕を使ったり、カレンダーに印を残したり、そんな工夫で同意を知らせるとしても、根底には“伝えることの難しさ”があると考えさせられます。そして、そもそも「伝えることが難しい」という課題があります。これは女性だけでなく、男性にも共通する問題です。
SRHRは親密な人間関係の前段階のコミュニケーション、距離感の確認で、 性的同意はその“ロードマップ”の一部です。

──性的同意は“コミュニケーションのプロセス”ということですね。
長島:その通りです。私たちはそのプロセスをどう進めるべきなのかを教わっていません。無視して進めば、性暴力や性犯罪につながる可能性もあります。だからこそ、SRHR for JAPANでは、性的同意を“オープンゲート”として取り上げ、そこから意識を広げていく取り組みをしています。
──広告代理店との連携はどのように進められたのでしょうか?
長島:コンペ形式で複数社から提案をいただきました。そのなかで関係者や一緒に動いてくれている方たちとも話し合って、意識が1番近く、一緒にやりたいと思えるチームを選びました。方向性が一致しているかどうかが非常に重要でした。
──決め手は熱い思いを共有できることだったんですね。広告表現としては、どんな工夫をされたのでしょうか?
長島:広告はプロセスを描くのではなく、切り取って見せるものです。そこで今回は「自分はこれを知っているだろうか?」と問いかける内容にしました。性的同意はSRHRの氷山の一角ですが、「自分の意思はあるか」「相手を尊重できているか」というテーマにふさわしいと考えました。
──問いかけるために、設問形式を選ばれたということですね。
長島: 自分の考えを振り返るきっかけ作りともいえます。ただ、間違えたときに「自分は間違っているのか?」と不安になる可能性もあるので、表現や言葉選びには慎重になりました。
最初は「性的同意模試」という表現を使っていたのですが、「模試」という言葉が強すぎるのではないかという専門家の意見を受けて「性的同意チェック」に変更しました。もちろん、間違っていたら直してほしいけれど、「自分は間違っていた」と思わせすぎるのも良くない。広告だけでは、その後のフォローが及びません。
──センター街など渋谷のランドマークにあたるエリアや、円山町のライブハウスやクラブが立ち並ぶ通りなど、23カ所にOOHを展開しました。掲出場所はそれぞれどうやって選ばれたんですか?

#性的同意チェックOOH掲出場所
長島: 今回は代理店さんが「こういう場所がいいんじゃないか」と理由を添えて提案してくれました。たとえば、道玄坂や円山町のあたりでは、候補には挙がっていましたが、いわゆるラブホテル街はNGでした。本当はそういったエリアにこそOOHを出さなきゃいけないのですが。でも、提示する問題とシンクロするような場所はやっぱり難しいです。
──このキャンペーンでボツになったアイデアはありましたか?
長島:アドトラックを走らせようという案が出たんですが、いわゆる夜職などの高収入求人やホストクラブの広告と並列になり、性的同意のメッセージが軽く見られてしまう可能性を考えてやめました。
掲出場所として、私たちが興味を持っていたのは、居酒屋やカラオケボックス、タクシーの後部座席など、親密になるシーンの動線にあたる場所です。飲食店のトイレも候補に挙がっていました。ピースボートがよく使っている場所ですが、協力を得られなかったんですね。「趣旨はわかるけど……」という反応だったと聞いています。
──性的同意をまさに意識する現場に近づこうとされていたんですね。
長島:最近では芸能事務所やテレビ局の性加害問題などが大きく話題となったことから、性的同意という考え方は認知されてきています。でも、広告を掲出するとなると、スペースを提供してくださる側は、やはり踏み出しづらい。もしかしたらなんらかの「非がある」と認めるような感覚になってしまうのかもしれません。
──しかし、つい最近まで広告などでも性を商品化して消費することが日本では野放しになっていました。女性が性的に消費されることに、社会全体が鈍感だとも言えますね。
長島:女性たちもその事実に気がついていなかったのかもしれません。たとえば萌えイラストを利用した広告が炎上すると、性的な表現に対して「これは表現の自由だ」とか「自分たちにとっては良いものだから」といった理屈で擁護する人びとがいます。でも、表現の自由と消費される対象は別物です。実際に、明らかにすべての人に触れるべきではない表現もあります。だからこそ、ゾーニングが必要になるはずです。
(前編・了 後編はこちらから)
インタビュイープロフィール
長島美紀

政治学博士
公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパン アドボカシーグループリーダー
プラン・インターナショナル・ジャパンでは、女の子のリーダーシップに関する調査提言をはじめ、女の子や若い女性のエンパワーメント、ジェンダー課題に関する調査研究・政策提言を担当。2021年4月からは内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員、2023年からW20ジャパンデレゲート(2024年より共同代表)も務める。
(取材・文 服部真由子)
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