キリンビバレッジ「缶コーヒー100万本サンプリング」の理由と、配り切るための緻密な戦略とは
Case:キリンビバレッジ『「KIRIN史上最大!100万本サンプリング」#ジャッジしてみたキャンペーン』
話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。
今回は、キリンビバレッジ株式会社が、2016年9月14日から10月3日にかけて実施した『「KIRIN史上最大!100万本サンプリング」#ジャッジしてみたキャンペーン』を取り上げます。「味わいに集中してほしかった」という理由から、缶コーヒーであること以外の情報はすべて伏せた状態で、100万本もの大規模サンプリングを展開した本施策。この大がかりなキャンペーンを成功に導くための数々の施策とその成果について、キリンビバレッジ株式会社 マーケティング本部 マーケティング部 商品担当 主任 中村奈津美さんに伺いました。
期待を上回る味を実現。これをフックにしたキャンペーンを計画
―事前情報はすべて伏せられていたこの缶コーヒーの正体は、1999年に発売された御社のロングセラー商品『FIRE』でした。これまでにも数度リニューアルを図っているとのことですが、今回のフルリニューアルにはどのような意味が込められているのでしょうか。
近年、コーヒー市場は拡大基調にありますが、けん引しているのは、コンビニエンスストアで展開するカウンターコーヒーやショップコーヒーであり、缶コーヒー市場は横ばいが続いています。なかでも、SOT缶と呼ばれるプルトップ付きのアルミ缶は、リキャップできるボトル缶タイプのものに押され、ユーザーからも、“旧文脈の飲み物”という認識が持たれつつあります。そういった環境の変化やトップブランドとの差分などから、『FIRE』のブランド価値は年々弱まっていく傾向にありました。そこで、今一度ブランドを蘇らせることを目的に、今回のフルリニューアルにいたりました。
―リニューアルのポイントを教えてください。
缶コーヒーユーザーの6割がコンビニコーヒーやショップコーヒーを併飲しているというデータが出ており、舌の肥えたユーザーが増えつつあります。なかには、缶コーヒーは、抽出タイプのコーヒーよりも味が劣ると考えている人もいるようで、缶コーヒーに対する味への期待が薄れている印象がありました。
そこで、その期待を良い意味で裏切るべく、 “焦がし焼き”という製法を開発し、コーヒーそのものを感じていただける味わいを実現しました。社内でも大きな手ごたえを感じていたことから、キャンペーンも味をフックにした企画を打ち出すことになりました。
―味への自信がキャンペーンの方向性を決めたのですね。
ええ。商品名をはじめ一切の情報を隠すことで、味に集中してもらおうと考えました。さらには、シークレットの体裁を採ることで、普段コーヒーを飲まない方の関心につなげることも目的の一つになっています。
―ところで、飲料業界におけるこの種のキャンペーン規模は、通常10万本、多くても30万本程度と聞きます。これを踏まえると、今回の100万本は、かなり大きい数字に感じますが、どのようにして数量を決めたのでしょうか。
一言でいうと、フルリニューアルの意気込みを表すため、といったところでしょうか。今までにないくらいの数をお配りすることで、当社の自信を表したい思いがありました。また、情報に触れた方が、「そんなに配るのなら自分も貰えるかも」と、自分ごととして受け止めていただける数という視点からの設定でもあります。ちなみに100万本は、コーヒーユーザーの20人に一人へ行き渡る数になります。
―そうはいってもかなりのボリュームです。社内からはさまざまな声が上がったと思うのですが……
そうですね。まだ製品化されていないものを配るという視点から、この規模での実施にはさすがに心配の声が聞こえてきました。大量の数が動くので物流面の心配もあったようです。しかし、毎年秋はコーヒーの新商品が出る時期でもありますし、少し停滞気味の缶コーヒー市場を盛り上げたい気持ちは全社員が持っていましたので、最終的には全社はもちろんお取引先にもご協力いただきながら意欲的に取り組むことができました。
100万本を配り切るための積極的な広告展開
―実施にあたってのプロモーション施策をお聞かせください。
100万本というボリュームをさばくためには、広告投下量もそうですが、量に見合うだけの認知を得ることが重要と考え、そのためにさまざまな施策を行いました。ユーザーの目に留まりやすいTVCMやポータルサイトのバナー広告は、通常のキャンペーンよりも出稿量を多くしましたし、サンプリングイベントの実施にあたっては、オウンドメディアやメルマガでの告知はもちろん、たとえばLINEはエリアをセグメントできるので、開催地域のユーザーに通知を送るなど、相当な量のプッシュを行いました。
配布方法を、ウェブでの申し込み、auショップ様での店頭配布、街頭サンプリングの3種類で展開したのも、できるだけたくさんの方に手に取っていただきたいがため。とにかくすごい量なので、イベントだけで配り切るのは相当難しいですし、さまざまな属性の方がいらっしゃいますので、それぞれが入手しやすい環境をご用意する必要があると考えました。なかでもauショップ様は、全国に3,000店舗もありますので、お客様の特に身近な場所ということで、過半数近い量を用意しました。これら以外にもアンバサダーキャンペーンや既存商品への首かけ、ショッピングモールでの配布等を行い、最終的には100万本を期間内に配布しました。
―PR文脈では、どのような活動をされたのでしょうか。
今回、記者発表会を2度実施したんです。1度目は初日に当社社長によるサンプリング宣言を、2度目は発売日前日にタレントさんにご登場いただき、シークレット缶の正体は、『FIRE』だったという種明かしを行いました。これは、キャンペーンで盛り上げた期待感を発売のタイミングでさらに高め、『FIRE』の販売につなげていくという視点からの施策でした。
このほか、試飲した感想をレビューしていただこうと、ウェブ媒体を中心にサンプルの送付を行いました。一件ずつ電話を入れ、承諾を得てから発送するという地道なものでしたが、“キリン”“と”缶コーヒー”しか情報の無いキャンペーンでしたので、概要をしっかりご理解いただくためにも必要な作業でした。
1度目の記者発表は、社長だけの登場ということもあり、注目度はさほど高くないと予想していたのですが、発表直後のウェブサイトのアクセスが12万件にのぼり、サーバーがダウンしてしまいました。さらには翌週の金曜日も再びダウンしてしまい、チャンスロスをした点は反省点でした。裏を返せば、ユーザーの皆さんに、それだけ大きな興味を持っていただけたということなのですが……。以降は、アドを打つタイミングをずらして集中を緩和させるなど、施策を調整しながら対応していきました。
SNSに投稿したくなる仕掛けで、コアターゲットより若い層にもリーチ
―参加されたユーザーの反響は、いかがでしたか。
今回は、ツイッターと連動したキャンペーンを実施しており、試飲された方に「ジャッジしてみた」というハッシュタグで、感想を投稿いただきました。キャンペーン自体も「あなたがジャッジ」というやや挑戦的なトーンでしたので、辛辣なコメントも飛び出すのでは、と思ったりもしていたのですが、好意的な声が多く集まり、ほっとしましたね。なかでも、「普段飲まないけれど、キャンペーンがおもしろいから参加して飲んだらおいしかった」といった感想は、リーチしたい人に届いたということもあり、印象に残っています。
反響はツイート数にも表れていました。通常、自社のキャンペーンは4,000ツイートあれば好成績と言われているのですが、今回は1万を超えました。これは、抽出するのもなかなか大変な量で(笑)。当社にとっては嬉しい悲鳴になりました。
あとは、街頭サンプリングもお楽しみいただけたように思います。会場にシークレット缶が入った自販機を設置したのですが、ボタンを押せば出てくる仕様でしたので、その非日常な体験がうけたようです。ほかにもシークレット缶のモニュメントやフォトプロップスをご用意し、若い方がSNSにあげたくなる仕掛けをご用意しました。ツイッター施策もそうですが、SNSの活用により、若い世代の方に多くご参加いただけたことは何よりでした。
―最後に、発売後の売れ行きはいかがでしょうか。
おかげさまで、流動の激しいコンビニエンスストアでも一定の評価をいただくなど、良いスコアで推移しています。好調を維持するためのキャンペーンも今後実施する予定です。
商品のコモディティ化の進む缶コーヒー市場は、定番品を根付かせるのは難しいと言われていますが、今後も当社の持つ高い技術力でユーザーの期待に応えながら、フルリニューアルをした『FIRE』をさらなるロングセラー商品として育てていきたいと思います。
キリンビバレッジ株式会社
マーケティング本部 マーケティング部 商品担当 主任 中村奈津美さん
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