PRの未踏領域へ、現場とアカデミックから迫る #1

現場とアカデミックを行き来しながら、PRという世界を盛り上げるために

PR EDGEは、現在国内外のPR事例を取り扱うメディアとして更新していますが、「すべての行動者とともに、パブリックリレーションズの未踏領域へと切り込んでいくこと」をリニューアルのテーマに据えていました。

そして、その “パブリックリレーションズの未踏領域へと切り込んでいく”ためのひとつとして、上智大学の新聞学科にて広報論、広報史の准教授を務める国枝智樹さんを迎え、PRパーソンがある種の閉塞感を感じてしまうタイミングにおいて、現場とはまた別の視点からPRと向き合うことで現状打破できるようなきっかけづくりになること、また、併せて、今後のPR業界の発展のため、現場とアカデミックを繋ぎ、橋渡しになることを目指し、対談形式のコラムを提供していきます。

PR EDGE編集長・大原絵理香(以下、大原改めまして、貴重な機会をありがとうございます。最初に、国枝さん自身の自己紹介というか、どういった方なのかをお伺いできますでしょうか。

国枝智樹(以下、国枝):現在は、上智大学の新聞学科で、PR専門の大学教員という立場でPRの授業をしながら研究を行っています。そもそも、大学時代は法学部に入って国際関係などを学んでいたのですが、マスメディアの影響に興味を持ち大学院に進学しました。大学院で初めてPRという研究領域が存在すること、また、PRの研究者が日本には少ないことを知りました。そこでPR研究に興味を持ち、修士、博士論文を執筆したのち、そのまま広報専門の大学教員になりました。

大原具体的に、PRの研究というのはどのようなことを行っているのでしょうか。

国枝:もともと僕は歴史研究に興味があったため、PRがいつごろ、どのように、どういう形ではじまったのか、ということをメインに研究しています。ただ、最近は共同研究として日本の大学における広報教育や実務の現場における広報領域の人材育成の調査、海外における危機管理広報理論の整理などにも取り組んでいます。

大原わたしの印象で恐縮なのですが、アカデミックな場所において、分野に限らずではありますが現場と乖離されている方も多く、確かに研究自体は素晴らしいけれども、現場においては再現性のないものが多いんじゃないかと思っていて。そのなかで、国枝さんは現場にもすごく寄り添ってくれている印象がありました。

国枝:PRの研究者のなかには、現場経験が豊富な方や、実務に直結する研究をされている方もいますので、実務経験が無く歴史や理論に関する研究をしている僕はどちらかというと現場から遠いです。ただ、現場があり、それが変化し続けている領域でもあるため、PRに関連する最近のニュースや話題をツイッターでチェックしています。また、役に立つ・立たないという視点から離れて研究をすることで明らかにできるPRの意外な側面も色々とありますし、そのなかには現場の方にとっても何かしら有意義な情報や視点があるのではないかと思います。

大原その研究が、わたしが寄り添ってくれている印象に繋がっていたんですね。

さっきの乖離の話の一方で、実際のPRパーソンにおいては、アカデミックな視点で自分の仕事を見つめるということはブレイクスルーするうえではかなりキーになってくることだと思っているんです。でも、PRを学生時代に学び、PRパーソンになる人は実際にはすごく少ないですよね。もちろん、これは法学部に行ったとて必ず弁護士になるわけではないというのと同義だと思うのですが……。

国枝:それは、そもそもPRの講義を提供する大学や大学院は少ないことと、PR会社や一般企業におけるPR職での採用枠が少ないことが要因だと思います。また、運良く大学時代にPRを学べたからといって、プレスリリースを書くなどの実務的なスキルを身につけられる講義は少なく、PR関連の就職で有利になるわけでもありません。

大原それでいうと、わたし個人としては、たまたまアメリカの大学でPRを専攻にしていたので、日本のPRパーソンのなかではめずらしくアカデミックなベースがあると思っていて、実際プレスリリース専門のクラスも取ってライティングやレビューなんかも行っていたんです。

そういうベースがあることもあり、わたしは、現場を知らなければ、例えそれがアカデミックな場であったとしても、真にPRについて考えることは難しいと思っているんですが、同様に、アカデミックなことを知らなければ現場も現場で息が詰まるな、という印象もすごくあるんです。

実際、わたし自身も、現場においての天井が完全に見えてしまったタイミングがあったり、このコロナ禍において未曾有の事態に直面したタイミングだったりで、改めてPRをアカデミックに学ばないといけないな、ということを本当に強く感じていたんです。歴史は繰り返す、ではないですが、歴史を知っておけば、PRの世界ではどんな動きをしていたのかを知っておけば、もしかしたらもうちょっと違う動き方ができたのではないかという反省がありました。

国枝:そういった側面もあると思います。実際、現場の方からはプレスリリースの書き方や危機管理広報のやり方とか、実務は分かっているけれど、なぜそれが正しいのかがしっくりきていないからアカデミックに理解してみたいという話を聞くことがあります。そういう意味でも研究者が現場に貢献できる余地は多分にありそうです。ただ、どう貢献できるのか、イメージを具体化できていないためにもどかしい気分になることもあります。

PRの歴史では、100年前のスペインかぜでサンフランシスコ市が展開したマスクの着用を促すPRキャンペーンは参考になるかもしれません。

1918年、同市は全米で初めてマスクの着用を義務化しましたが、男性の間でマスクの着用を拒む人が続出。それに対し、市は医学的根拠を通し理性に、そして、愛国心を通し感情に訴えることで行動変容を求めました。

一定の効果はあったものの、マスクの効果を疑問視する声を無視したことや、市長がマスクをせずにボクシングの試合を観戦したことが発覚、市のマスク政策に対する市民の信頼は次第に失われ、反マスク運動も発生しました。

大原どこかで見たような話ですね……(苦笑)。

国枝:そうですね。危機における説得や対話のあり方、リーダーの責任については現代でも問題になっており、過去の教訓を活かすことができるのかもまた問われています。

そして、このように現場につながる歴史的エピソードについて発信していくことや、PRの理論的な研究を紹介していくことに意味はあるのだろうと思うものの、具体的にどのような発信のあり方が現場にとって有意義なのかはまだ見えてきていません。

大原:それはきっとこれからだと思いますし、それがこの連載を通してだとうれしいですし、他の機会でも、現場とアカデミックの双方に興味を持ち、お互いがお互いを行き来しながら、よりPRという世界が盛り上がってくれることを願っています。

引き続き、次回以降も様々なPRにおけるテーマを、現場から、アカデミックからお話しさせていただければと思っています。

国枝:はい。引き続き、よろしくお願いいたします。


国枝智樹
@tkunieda84
上智大学大学院文学研究科新聞学専攻博士後期課程修了。博士(新聞学)。研究テーマは広報史、危機管理広報。共編著に『Public Relations in Japan: Evolution of Communication Management in a Culture of Lifetime Employment』(Routledge、2018)。

大原絵理香@ericaohara
PR EDGE編集長。米NJの大学でPRを学んだのち、外資系ゲーム会社に勤務。その後、ホールディングスカンパニー、一部上場企業、ベンチャー企業、代理店など様々なレイヤーでPR/広報に従事。現在は、CHOCOLATE Inc.所属。

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