「承認欲求」「他人の目」「同調圧力」に対し“あなたはあなたを走れ”…現代の価値観にHondaが問いかける広告の狙いとは
Case:Believe your INSIGHT. あなたは あなたを、走れ。
話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。
今回は、Honda New INSIGHTティーザーコミュニケーションを取り上げます。2018年12月14日のHondaの新型ハイブリッド車「INSIGHT」の発売に先駆け、公開されたティーザーコミュニケーションのメッセージは「Believe your INSIGHT. あなたは あなたを、走れ。」。渋谷、新宿、新橋、東京など、都内主要18駅のポスターやサイネージを掲出し、HondaのTwitterやFacebook公式アカウントでは本キャンペーンの動画を公開し、「#あなたはあなたを走れ」のハッシュタグとあわせてツイート。スペシャルサイトも同時に公開しました。
東京の街並みを思わせるモノクロ写真とともに、「承認欲求」「空気を読む」「他人の目」「忖度」「フォロワー数」「映え」などの現代の価値観や意識に関わる50以上ものキーワードと、それらの言葉を否定するように引かれている赤線。時代の価値観、生き方や本質を問いかけるメッセージが共感を呼び、キャンペーン開始1週間でSNSでの反響は1,000件を超え、大きな話題となりました。
今回のアイデアに至った経緯やSNSなどでの反響について、株式会社博報堂 コミュニケーションプラナー/ディレクター 勝俣浩一さんにお話をうかがいました。
次の時代への価値観や自分自身の本質に向き合ってもらうきっかけを作りたい
―今回は、今の時代に一石を投じるようなキャンペーンだと思いました。企画にどんなメッセージを込めたのか改めて教えてください。
勝俣:今回のキャンペーンでは、スマートフォンやソーシャルメディアが一般化し、情報が氾濫するこの世の中で、皆が「正しい」とか「普通」であると思っている価値観や意識は、本当に「正しい」のか、それらは本当に自分が信じられる美しい価値観なのだろうかを問いかけています。
一度、立ち止まって考えてもらうことで、次の時代への価値観や自分自身の本質に向き合ってもらうきっかけを作りたい。そうすることで、それぞれが自分らしく生きていける未来につながるかもしれない。そんな思いを込めて企画しました。
メインメッセージ「あなたは あなたを、走れ。」は、Hondaに脈々と受け継がれるクルマづくりの姿勢だったり、社会に対してずっと発信してきたHondaのフィロソフィーでもあると思っています。
―HondaのINSIGHTが「あなたは あなたを、走れ。」を発信する意義について教えてください。
勝俣:新型INSIGHTは、走り・デザインというクルマの本質価値をHondaの美意識に基づき、徹底的に磨き上げたクルマです。そんなINSIGHTが目指したのは、今の時代を生きる人々に対しての「メッセージカー」。「世間の価値観や、他人の評価に惑わされずに、自分の価値観・美意識にしたがって生きていくことが大切である」というメッセージ性のあるクルマとして認識してもらうことを目指しました。
―自分自身の生き方、信念を貫くことがキーメッセージになっているのですね。
勝俣:クルマ選びも人生も、何かにとらわれたりしたり、周りを気にしたりせずに、自分自身の信念を信じて欲しいという想いを込めています。例えば、クルマ選びであれば、「みんなが乗っているからそれでいい」という消極的選択だったり、他人の目を気にしたり、見栄えを気にするだけの判断基準でクルマを選ぶのではなく、クルマを持たない選択肢も含めて、自分自身の価値観にしたがって検討してほしいというメッセージを込めています。
ティーザーコミュニケーションを経て、12月13日よりスタートしたテレビCMでは、そういったメッセージを強調するため、モノクロの映像に赤色だけが色付いたビジュアルを制作。今回のテーマやメッセージにマッチするサカナクションの楽曲『years』を使用させていただき、ボーカルの山口一郎氏にナレーションをお願いすることで、より力強く世の中にメッセージし、問いかけられたと思います。
スタート1週間でSNSに1,000件以上の反響「今の時代だからこそのメッセージ」
―どういった思考を経て、今回のメッセージに行き着いたのでしょうか?
勝俣:ローンチのタイミングで期待感を最大化して欲しい、世の中に大きな反響を作るコミュニケーションにして欲しいとオリエンを受けていました。
クリエイティブチームで、現代の人々の行動やその根源を徹底的に話し合うことから始め、世の中で正しい、普通であるとされている一般的な価値観に人々はとらわれているのではないか?もっと多様性を受け入れるべきでは?スマホやSNSの普及が進んだが、社会は本当によくなっているのか?といった現代社会に対しての問いかけ、自分たちへの問いかけをきっかけにして、企画と全体コミュニケーションを検討していきました。
目指したのは、ソーシャルインサイトを捉えたメッセージによって、ジャンルを超えた広い層にアピールし、新型INSIGHTのポテンシャルを最大化することでした。また、Hondaというブランドに対しての人々の期待感を裏切らないことも強く意識しました。
―どのようなチーム体制で企画を練り上げていったのですか?
勝俣:今回は博報堂内で、非常に素晴らしいクリエイティブスタッフが集まり、企画をかたちにすることができました。エグゼクティブ・クリエイティブディレクター米村浩のもと、クリエイティブディレクター兼アートディレクター長島慎、クリエイティブディレクターに小島曜と瀧澤慎一(僕とYOU)、コピーライター渡辺潤平(渡辺潤平社)、アートディレクター田中心剛、インタラクティブディレクター村重直宏、須藤拓之介などのメンバーで企画立案から制作ディレクションまでを担当しました。
僕は、企画から全体コミュニケーションをつないで統合して考えつつ、人々の反応をイメージしながら実際のエグゼキューションにつなげていく、コミュニケーションプラナー兼ディレクターとして参加しました。
博報堂内だけでなく、CMの監督には関根光才さんに参加していただくことで、よりメッセージ性が高いコミュニケーションが実現できたと思います。サカナクションの山口一郎さんにご参加いただけたのもラッキーでした。そして、博報堂プロダクツやAOI Pro.など多くの優秀な制作メンバーが一丸となって、エグゼキューションに至ることができたと思います。
もちろん、クライアントのHondaのみなさまにもたくさんの有意義なインプットや勇気ある判断をいただき、実現することができました。
―話題化のためにこだわったこと、工夫した点はありますか?
勝俣:キーワードについては、人を傷つけず、でもはっと考えさせることを意識し、現代の価値観や意識、または現代において我々がおかれている現象などを表すキーワードを大量にリストアップしました。さらに、この広告に接触した人々に気付きを与えられるように、街やエリアごとの特性を分析し、タッチポイントごとにキーワードやクリエイティブをセレクトして掲出しました。
ローンチキャンペーンを含めた全体を通して、シンプル、かつソリッドでストイックなトーンに揃えましたが、キーワードと共に出てくるビジュアルイメージは各エリアにて撮影を行い、見ている人たちに自分たちのことだと感じてもらえるように工夫を行いました。
―今回のキャンペーンはどういった人に向けたものだったのでしょうか。
勝俣:ターゲットはクルマに興味を持たなくなったミレニアル層や、以前は車に興味を持っていた30代~50代までの人々です。着目したのは、ここ数年、生活者の中に「流されない自分らしい本質を問い直そう」という兆しが生まれていることでした。
他人や周囲に左右されず、自分にとって本当に大切なものは何かを見極める自由な感性を持っている人たちに共感してほしい。そういった人々の「これからの新しい選択肢」として新型INSIGHTを意識してもらうためのコミュニケーションを目指しました。
今だからこそ、広告によって世界を少しでもいい方向へ
―ローンチ後、SNSなどではどんな反響がありましたか。
勝俣:都内の主要駅や、SNS、スペシャルサイトなど、限られたタッチポイントでの展開で、期間も10日間程度のティーザーコミュニケーションでしたが、スタートしてたった1週間で、この施策に関するSNSでの投稿が1,000件以上にのぼり、大きな話題となりました。数千、数万単位のフォロワーを抱えるインフルエンサーからの発信も多く、さまざまな反応や解釈が見られました。中には異論もありましたが、想像以上に共感の声が多く、反応のほとんどが好意的な反応だったことに驚きました。
また、多くのメディアなどでも取り上げていただき、世の中に反響とちょっとした議論を作ることができたと思います。
―具体的にはどのような声があがりましたか?
勝俣:「今の時代だからこそのメッセージ」「背筋が伸びたような気がする」「久々に広告でドキッとした」「心に響く」「突き刺さる」「この時代に一石を投じる」「油断したら当てはまってしまう」「勇気づけられた」など、共感と好意的な声で溢れました。
―今後、チャレンジしてみたいことはありますか。
勝俣:Hondaさんのコミュニケーションはもちろん、それだけに限らず、世の中に一石を投じて、新たな価値観を人々に提示したり、元気づけたり、多様性を活性化させたり、未来を切り開いていくようなアウトプットが実現できればいいなと思っています。現代において、世の中にはたくさんの社会課題や身近な問題が存在しています。ブランド課題と共に、そのブランドに紐付いた社会課題に対してアクションするコミュニケーションなどもチャンスがあれば積極的に手がけていきたいと思っています。
今は、広告が無視され、嫌われる時代なのかもしれません。しかし、こんな時代だからこそ、広告にできることがあると考えています。広告コミュニケーション活動も含めたブランドアクションにより、現代を生きる人々、そして、この世界を少しでもいい方向に導くことができればと思っています。
株式会社博報堂 第3クリエイティブ局 コミュニケーションプラナー/ディレクター 勝俣浩一さん
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