NHKプロ野球中継にも採用 AI野球解説「ZUNOさん」チームに聞く、AIで広がる野球の楽しみ方

Case:NHK『ZUNOさん』

話題になった、または今後話題になるであろう日本国内の広告・クリエイティブの事例の裏側を、案件を担当した方へのインタビューを通して明らかにしていく連載「BEHIND THE BUZZ」。

今回は、データテクノロジーを利用して開発されたAI野球解説システム「ZUNOさん」を取り上げます。約3ヶ月の開発期間を経て、3月31日のプロ野球開幕戦より新たにNHKの野球解説の現場に取り入れられた「ZUNOさん」。ディープラーニングなどのデータテクノロジーを用いて、野球というスポーツに新しい視点を提供する取り組みです。2004年以降の300万球を超えるデータを学習させることで、配球や勝敗、順位などを予測。さらに、データマイニングによって、これまで人間の解説者には見つけることのできなかった選手の傾向を探っていきます。

Dentsu Lab Tokyoが企画とディレクションを担当し、データ提供および野球解析に関するアドバイザーとしてデータスタジアムが協力。ディープラーニング、データマイニングの専門家をチームに招き、制作・運営を行っています。コンテンツ内容から今後の展開まで、Dentsu Lab Tokyo 田中直基さん、株式会社Qosmo(コズモ) 徳井直生さん、データマイニング担当 山田興生さん、株式会社TWOTONE(ツートン)茂出木龍太さんにお話を伺いました。

Interview & Text : まきだ まどか
300万超の投球データを学習して、配球を予測

―野球×ディープラーニングという切り口がおもしろいですね。どういったいきさつで「ZUNOさん」プロジェクトが立ち上がったのですか。

田中:Dentsu Lab Tokyoは、従来の広告の枠を超えてもっと自由にものづくりをしていく場所として2015年10月に設立されました。今回のように広告案件に限らず、新しいモノづくりをする場として活動しています。また、組織そのものも電通社員に限らず、それぞれの分野のスペシャリストの方々とチームを組みながら、様々な課題解決やコンテンツ制作を行っています。

その中で、立ち上げ当初からビジョンのひとつに掲げていたのが「スポーツ×テクノロジー」なんですが、NHKの知人に「AI×野球解説」の話を相談したところ、ちょうど先方の中でも関心の高い領域ということで目的が合致し 、そこから数ヶ月後に「ZUNOさん」プロジェクトが動き出しました。

(NHK 「AI解説プロジェクト ZUNO」WEBサイトより)

徳井:野球とデータ分析の相性がよいことは、映画「マネーボール」で取り上げられたMLBオークランド・アスレチックスの例にあるように、よく知られています。メジャーでは、データ活用が当たり前になってきていますが、まだディープラーニングによるものは少ないです。実際の中継で使われたのは、世界でも「ZUNOさん」が初ではないかと思います。

―ディープラーニングによって、どんな予測を行ったのですか。

徳井:シーズンを通しての順位予測とピッチャーの配球を予測しています。スポーツはいろいろな偶然性があるので、AIによる予測が難しいのですが、配球予測に絞れば、偶然性を抑えることが可能です。配球は、過去の経験や戦略に基づいて組み立てられているので、データさえあれば、配球予測のモデルは作りやすいんです。

ストライク、アウトカウント、出塁状況、点差などの試合状況を表すデータ、投げているピッチャーの持ち玉、受けているキャッチャーが要求するボールの癖、打席に立っているバッターの特徴 (長打率、カウント別のスイング率)、ランナーの足の速さ(盗塁数)などの選手のデータ、そして直前の数球の配球をもとに、次のボールのコースと球種を予測します。

(NHK 「AI解説プロジェクト ZUNO」WEBサイトより)

―配球予測のためには、具体的にどういったデータが必要になるのですか。

徳井:ピッチャーとキャッチャーの基本的な情報、細かな試合状況を数値化し、実際にその状況下で投げた球種とコースのデータを集めます。その入力と出力のデータの組をできるだけたくさん学習させて、徐々にモデルをアップデートさせ、予測の精度を上げていきました。

山田:データについてはデータスタジアムからご提供いただき、データの読み解き方、ディープラーニングの設計についても相談に乗っていただきました。プロジェクトメンバーに野球経験者がひとりしかいなかったので、野球を知り尽くしているデータスタジアムのアドバイスは必須でしたね。

徳井:バッターの能力を数値化するとき、打率のデータを使おうとしたのですが、データスタジアムに相談してみると、長打率や出塁率のデータを使う方がより的確な結果が得られるというアドバイスをもらったりもしました。野球データにまつわるプロがいたからこそ、開発で回り道をせずにすみました。

―配球予測の的中率はどれくらいなんですか?

徳井:現時点では、3割~4割くらいです。球種だけでいえば、7割~8割当たっています。

―「ZUNO」さんの弱点はあるんですか。

田中:過去のデータをもとにした予測ですので、シーズンが始まってからのアクシデントは予測に入れられないことです。日本ハムの大谷翔平選手が開幕早々に離脱したこともあり、日本ハムが不調に陥ったのですが、こういったことが起こると、「ZUNOさん」の予測には不利に働きますね。

野球の新たな視点を提供するデータマイニング

―「ZUNOさん」で応用されているデータマイニングの手法について教えてください。

山田:データマイニングはマーケティングの分野でもよく使われている手法です。マーケティングの手法として使われる際には、売り上げを伸ばすなどの結果が定義されていて、そこに最適な解を大量のデータから分析・抽出します。

今回は、目的達成のために解を見つけるというよりは、エンターテインメントとしてネタになる視点をたくさん提供すること、人間の解説者が気付かないような切り口を提供することを目指しています。新しい野球の楽しみ方を提案したいですね。

―今までの野球解説とは一味違う切り口で興味深いです。具体的にはどういった傾向を見つけましたか。

田中:大谷翔平選手は、塁の出塁状況に応じて、三振率が上がっていくという傾向を見つけました。打率、出塁率の高い大谷選手ですが、満塁のときは54%も三振しています。

このデータから、人間はいろいろな推測を楽しむことができます。たとえば、ひょっとすると大谷選手は目立ちたがり屋で、満塁ホームランを打ちたいがために力が入っているのではないか?とか(笑)。選手のキャラクターがデータの影から見え隠れするんです。

(NHK 「AI解説プロジェクト ZUNO」WEBサイトより)

―他にはどんな切り口で分析したんですか。

田中:関係者に怒られちゃうかも知れませんが、「テレビ中継の有無と成績の関係」、「年俸交渉の時期と成績の関係」、くだらないものだと「満月と成績の関係」「仏滅と成績の関係」とか。目指したいのは、“どんどん脱線していく野球解説番組”なんです(笑)。野球好きはさらにマニアックな議論を交わし、そんなに野球を好きじゃない人も楽しめるといいなと。

また、データマイニングによって、新たな切り口を提案することで、目の前で起きている勝負に奥行きが出て、新しい視点が加わります。選手の人間性みたいなものが見えることで、親しみを感じるきっかけにもなります。

(NHK 「AI解説プロジェクト ZUNO」WEBサイトより)

―データマイニングの結果をデザインに落とし込むにあたって、工夫したことはありますか。

茂出木:広告グラフィックの場合は、いかに短い時間で伝えられるかが勝負ですが、今回の場合は、データのグラフを見ることによって、見る人の思考を促す必要がありました。結果だけをきれいにグラフィックにするのではなく、読み解きたくなるようなビジュアルを目指しました。

実体を作ることによって、AIの存在を認識できる

―「ZUNOさん」のキャラクター化など、デザインをする上で工夫したことを教えてください。

茂出木:「親しみやすさ」を軸に考えて、デザインしています。AIのことを怖がる人もいるので、愛されるキャラクターにすることを目指しました。常に学習し、考え続けるというAIならではの特徴から、コンピューターのローディング中のくるくると回っている様子をモチーフにしています。

(NHK 「AI解説プロジェクト ZUNO」WEBサイトより)

田中:「ZUNOさん」の声にもこだわっていて、女性、男性、年齢などいろいろな声を試し、子供の声に決めました。イメージは、野球が大好きな男の子です。上からいわれている感じのなさ、予測を外したときの逃げ道を作るという意味でも声のイメージは重要です。

―AIという実体のないものだからこそ、キャラクター化が重要なんですね。

田中:「ZUNOさん」のスーツケースのようなデザインはあくまでシンボルではあるのですが、これがあるのとないのでは、テレビに出たときの見え方が全く違います。シンボルがあることで、見ている人はそこに「ZUNOさん」が存在していると認識でき、人格を感じてもらえます。

NHK社内の評判もよく、ファンの反応も好意的

―公開後、NHKさんの反応はどうでしたか?

田中:良いですね。野球番組に活用できる可能性を感じたので、今後も番組の中でどう活用できるかを検討していきたいというお言葉もいただいています。早速、試してみようということで、6月9日の「ゆる〜く深く!プロ野球!」(NHK BS-1 18:20〜放送)に「ZUNOさん」が出演する予定です。ぜひ、見ていただけばと思います。

―野球界やファンからの反応はいかがでしたか。

田中:全体的におもしろがってくれていて、好意的な反応が多かったです。開幕直前に順位予測を発表したときの反応が一番大きく、ファンからは「なんで阪神が最下位なんだ」とか「割と的を得ている」とか「オレと同じ予想だ!」といったように賛否両論いろんな反応がありました。「戦略まで立てられて、監督を担うことができるようになったらもっとおもしろい」という声もありました。

徳井:「ZUNOさん」が出てきたせいで、“迷”解説者がいなくなったら寂しいというような声もありましたが、「ZUNOさん」の予測があることで、人間の解説者のずれているところがさらに際立って、むしろ共存する面白さが出てくるのではないかと思っています。目指しているのは、「ZUNOさん」が人間の解説者に取って代わることではなく、人間の解説者や野球好きな人の会話を引き出すためのシステムなんです。

人間とAIが共作するおもしろさをかたちに

―「ZUNOさん」は今後どのように進化をするのでしょうか。

徳井:数字のデータを扱うだけではなく、映像からディープラーニングの分析を行う研究を進めています。これまでは、モーションキャプチャーのような特殊な装置を体に付けなければ、人の動きを分析することはできなかったのですが、これからは映像だけで分析ができるようになります。

これを野球に応用すれば、試合中の選手の体の動きから投球フォームなどの認識ができるようになります。試合の序盤と後半で投球フォームがどう変わるのか、シーズン中にどう変わっていくのかといった分析、投手同士の投球フォームの比較などもできるようになります。

―「ZUNOさん」プロジェクトに限らず、今後AIを応用してどういったことを仕掛けていきたいと考えていますか。

田中:人間とAIが共作するコンテンツができたらおもしろいと思います。人間が気付かないようなきっかけがAIによって与えられて、それに人間がクリエーションを加えていくことでコンテンツができあがっていくような作り方です。実際に、AIと人間による台本のない即興劇の企画案もあがっています。こういった例に限らず、AIはあらゆるものとの掛け算が可能です。これまでになかったクリエーションが生まれる可能性を秘めていると思います。

(写真左から)Dentsu Lab Tokyo 藍耕平さん、山田興生さん、株式会社Qosmo(コズモ) 徳井直生さん、Dentsu Lab Tokyo 田中直基さん、株式会社TWOTONE(ツートン)茂出木龍太さん、Dentsu Lab Tokyo 後藤萌さん、株式会社電通 大津裕基さん

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